下請法より厳しい「取適法」 大企業に突きつけられた価格交渉と“是正勧告ラッシュ”の戦慄(3/3 ページ)
「春の賃上げ」を巡り、中小企業を取り巻く環境が静かに、しかし確実に変わりつつある。2026年1月に施行された「中小受託取引適正化法」(取適法)は、不公正な取引慣行の是正を通じて、中小企業の賃上げを後押しする存在となり得るのか。監視を強める公正取引委員会の動きから、その狙いと企業に求められる対応を読み解く。
デフレ時代の「商慣行」見直しを急げ
企業の売り上げや収益が伸びて賃金が上昇、消費が拡大し、それがまた企業の収益増につながって賃金や成長投資が増える――。そうした「経済の好循環」の実現に向けて、賃上げの重要性は増している。とりわけ民間で働く人の約7割を占める中小企業従業員の持続的な賃金上昇が求められる。価格転嫁はその起点とされ、必要性が一段と高まっている。
企業の収益力格差は拡大する傾向にある。25年版中小企業白書によれば、従業員1人あたりが生みだす付加価値額(労働生産性)は資本金が10億円以上の企業が1588.8万円なのに対し、1000万円以上1億円未満の企業は578.5万円、1000万円未満の企業は503.3万円と開きが大きい。
経済政策や労働経済が専門の山田久・日本総合研究所客員研究員(法政大学教授)は「コストが上昇している時代に、デフレ時代の商慣行が残っている結果、バーゲニングパワー(交渉力)の強い大手企業に超過利潤が生じている」と指摘する。「インフレ時代は商慣行を見直して価格転嫁が進むようにし、利益を中小企業に移していくことが非常に重要になる」という。
まずは「価格転嫁指針」の熟読を
取適法違反は利益の公平な配分をゆがめる行為であり、企業は社会の信頼を損ないかねない。「レピュテーションリスク」(評判を落とす恐れ)が生じないよう、企業は業種を問わず、中小規模事業者への業務発注の実態を点検する必要がある。
では、リスクを未然に防ぐために何ができるのか。出発点となるのが、公取委と内閣官房が定める「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(価格転嫁指針)の内容を理解することだ。ここでは発注者に求められる行動として、次のような点を挙げている。
1.労務費の上昇分について取引価格への転嫁を受け入れる方針を、経営トップが関与して決定し、書面など形に残る方法で社内外に示す。
2.発注者の側から働きかけて、年に1回や半年に1回など定期的に、労務費の転嫁に関して積極的に協議の場を設ける。
3.受注者に労務費上昇の理由や根拠の提出を求める場合は、最低賃金の上昇率や春の賃金交渉の妥結額など、公表データに基づく資料とする。
4.価格転嫁に関する交渉では、サプライチェーン全体で適正な価格が形成されるよう、受注者がその先の取引先との価格も適正化すべき立場にあることを踏まえ、要請額の妥当性を判断する。
5.取引価格の引き上げを求められた場合は協議のテーブルに着く。取引の停止など不利益な取り扱いをしない。
6.受注者と協議し、必要に応じて労務費上昇分の価格転嫁に関する考え方を提案する。
「2」を設けているのは、一般的に発注者の方が取引上の立場が強くなりがちで、受注者は価格転嫁を言い出しにくいからだ。「3」については受注者が、過度に詳細なデータや内部情報資料の提出を迫られれば、価格転嫁の要請を断念することにもつながりかねないためだ。
賃上げを継続するための原資を確保するには、もちろん中小企業自身の取り組みも欠かせない。人件費の増加は、収益性の低い事業の見直しを検討するきっかけにもなり得る。デジタル技術を活用した業務効率化についても、中小企業には取り組みの余地が大きい。
中小企業自身が「稼ぐ力」を高めていかなければ、企業の持続的な成長は難しくなる。公取委などによる価格転嫁の後押しが進んだとしても、それだけで継続的な賃上げや「経済の好循環」が実現するとは限らない。
ただし、発注する側の企業も社会的責任を考えると、中小企業の賃上げについてその企業の自己責任の問題と突き放すわけにはいかなくなってきた。大手企業はサプライチェーン全体への目配りを求められている。賃上げに対する社会の要求水準は、確実に一段引き上がったといえそうだ。
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