犬山観光、V字回復の裏で何が? 食べ歩きブームとゴミ問題、外国人への偏見……「急いだら絶対にいかん」と仕掛け人:地域経済の底力(1/4 ページ)
19万人まで落ち込んだ来場者を3倍以上に押し上げた愛知県犬山市。復活の鍵は、住民自らがルールを決める「串グルメ」の誕生だった。成功の裏で噴出するゴミ問題や住民摩擦に、仕掛け人はどう向き合ったのか。地方創生の光と影、20年の執念に迫る。
著者プロフィール
伏見学(ふしみ まなぶ)
フリーランス記者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。
NHKで放送中の大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも登場した犬山城や、遊園地「日本モンキーパーク」などがある東海エリア有数の観光地である愛知県犬山市。
1990年代初めをピークに犬山城の来場者数が激減。観光産業が衰退の一途をたどったが、今では年間69万人以上が訪れるなど、底だった時に比べて3倍以上というV字回復を遂げた。
地域観光を支えてきた名鉄が遊覧船事業から突然撤退し、地元住民との間に溝ができるなどの苦難を経験してきた犬山市。どのようにして苦境を乗り越え、観光業を復活させたのか。前編に続き、犬山市観光協会の後藤真司事務局長に話を聞いた。
自分たちでルールを決める
地域の一体感を生み出す大きなきっかけになったのは、住民や店主が自らルールを決める仕組みを設けたことだった。例えば、「ご当地グルメがない」という課題感を共有し、どのような条件なら、それを解決するための取り組みに参加するかを決めてもらった。
その結果、2007年に生まれたのが「串グルメ」である。「串に食べ物が刺さっていれば何でも良い」という自由度の高いルールにしたことで、テークアウト中心で席を設けられない飲食店でも参加しやすくなった。
この串グルメが、犬山の観光復活の契機となった。城下町での食べ歩きが話題となり、今では郷土料理の「でんがく」、飛騨牛、五平餅、スイーツなど約100種類の串グルメが売られている。
「こちらから対応策を提示すると反発を招く可能性があります。課題感を共有し、自分たちで決めてもらう。そして、その宣伝やプロモーションは犬山プロモーション協議会などが支援するという形にしました」と後藤氏は語る。
同様に、着物や浴衣のイベントも、最初は費用を負担して無料で実施し、「着物で城下町を歩く」光景を先に生み出した。着物レンタル店が自然発生的に開業したのは、それからおよそ10年後のことだ。
「盛り上がるまでには時間がかかります。実際、火がつく前に消えてしまったコンテンツもたくさんありました」と後藤氏は明かす。例えば、お化け屋敷や熱気球体験など、夜間のイベントを企画したこともあったが、住民の反対などもあり長続きしなかったという。
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