160年続く老舗せんべい屋が「売上の半分」を手放して得た余白とは――6代目が決めた“攻めの撤退”:「撤退」の論理(3/3 ページ)
売り上げは全盛期の半分。それでも経営はむしろ健全になった──。岐阜の老舗「田中屋せんべい総本家」は、営業部廃止や不採算事業の整理など大胆な撤退を決断した。サンクコストの呪縛を断ち切り、企業を再生させた6代目の経営哲学に迫る。
「人の尊厳」を優先順位の基準に置く
営業部を廃止したことに加え、5店舗あった店舗も2店舗に縮小していった。こうした撤退のプロセスにおいて、田中氏が配慮を重ねたのは「人の尊厳」である。不採算だからといって、即座に事業を畳み、人を切るような手法は取らなかった。
「洋菓子事業をいつ辞めるかについては、一番長く勤めていたベテラン社員が定年退職するまで待つと決めました。経営効率だけを見れば非合理的ですが、その人の人生や尊厳を無視して切り捨てることは、会社の文化を壊すことにつながる。また、レストラン事業については、責任者であった母と話し合いを重ね、納得感を持って幕を引きました」
さらに、経営改善の原資を確保するため、両親(先代夫妻)の役員報酬を大幅に削減し、それを従業員の給与や正社員化の費用に充てた。経営陣が自ら身を削り、現場の待遇を改善した。「これは自分にしかできないことですよね」と田中氏は苦笑する。
「余白」が生んだ創造性
不採算事業や営業活動という重荷を下ろしたことで、同社には決定的な変化が訪れた。経営者である田中氏の思考に「余白」が生まれたという。
「毎日が資金繰りやトラブル対応に追われる『集中治療室』のような状態では、新しいアイデアなど生まれるはずがありません。事業を整理し、隙間ができて初めてクリエイティブな思考が可能になりました」
その象徴が、専用のキャラメルペーストで、深みやコクを出した新商品「まつほ」のヒットである。伝統的な硬いせんべいの技術をベースにしつつ、現代の嗜好に合わせたこの商品は、同社の新たな柱となった。
また、作ることだけでなく、原材料の内製化も進めた。かつては仕入れていた味噌も、理想の味を追求するため自社製造に切り替えた。5年後は、米や小麦も自社で作ることを目指している。原材料をなるべく全て自前で作れるようになれば、世の中の環境変化に左右されにくい事業基盤が作れる。これも祖業を後の世代に「つなぐ」ことへのこだわりだ。
「ブレーキを取り除く」ための撤退
多くの経営者は「せっかく投資したのだから」「取引先との関係があるから」と、サンクコストや義理に縛られ、撤退の機を逸する。しかし田中氏は、リソースが限られる中小企業こそ撤退する決断が不可欠であると話す。
「撤退とは、ブレーキを取り除くこと。不要なものを手放すことで、少ない力で前に進めるようになります。辞めたら楽になりますよ(笑)」
右肩上がりの「拡大再生産」だけが正解ではない。田中屋せんべい総本家の事例は、時には持っているものを手放す勇気が、次の100年をつなぐ生存戦略になり得ることを示唆している。
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