「誰かの給料を削って誰かに回す」はもうやめる 膨らみ続ける人件費を武器に変える「賃上げ」の考え方:AI・DX時代に“勝てる組織”(3/4 ページ)
多くの企業が賃上げに踏み切っている。しかし、その判断は本当に組織の競争力につながっているだろうか。初任給の高騰や賞与の給与化が進む中、いま求められているのは人件費の配分そのものを見直すことだ。賃上げをコストで終わらせるか、組織を強くする資本に変えるか。その分岐点に立っている。
“あるある人事課題”をどう解決するか?
では、B(構造是正)とC(競争力)のバケットを使って、具体的にどんな「社内のゆがみ」を直していくべきでしょうか。IT時代特有の変化も踏まえ、日本企業が直面する5つの症状と処方箋を見ていきましょう。
課題1:管理職逆転(マネージャーの罰ゲーム化)
症状:残業代が出る管理職一歩手前(係長クラス)が、残業代が出ない新任管理職(課長クラス)の年収を超えてしまう。結果、昇格インセンティブが損なわれる。
原資の使い方:一律ベアの一部を剥がし、管理職レンジの是正(底上げ)に回します。管理職の報酬を基本給だけでなく、役割給やマネジメント手当へ分解して設計し直します。なお、「管理職だけ特別扱いか」という反発には「なり手不足による現場の負荷増(=組合員の不利益)を防ぐための、長期的な組合員の利益になる投資」と位置付けます。
課題2:初任給引き上げバブルによる圧縮と賃金カーブ崩壊
症状:新卒給与を引き上げたことで、全社的な給与レンジにゆがみが生まれる。
原資の使い方:IT市場では、初任給40万円台や年収500〜600万円台が珍しくなくなっています。しかし、ここで「月給の見出し数字だけを横比較」するのは極めて危険です。サイボウズは27年卒エンジニア職の初任給を43万円(年収602万円)に引き上げましたが、この43万円には固定残業手当が含まれ、年収は賞与2カ月分込みです。
LINEヤフーもエンジニア職の基準給与を月額43.4万円(標準年収651万円、賞与2回分込み)としています。しかし、ここにも35時間相当の固定時間外手当が含まれています。見かけの数字に踊らされず、自社の月額・固定残業・賞与を分解してオファーを設計する必要があります。
また、実務上の処方箋は明確です。初任給を上げるなら、同時に「若手〜中堅の給与レンジを広げる、既存社員の給与を底上げする」措置が必須です。
オプティムはエンジニア職を25万円から30万円へ引き上げる際、既存社員の各役職レンジを順次引き上げるとしました。また、バンダイは初任給を30.5万円に上げるにあたり既存社員の給与下限額を1.5万円増額しています。これらが正しい設計だと私は考えます。先ほどのレバテックの調査でも、初任給を引き上げた企業の77.5%が既存社員の基本給も見直しています。
課題3:中途採用で負ける(中堅レンジの市場乖離)
症状:新卒初任給だけを上げて見栄えを良くしても、事業成長に直結する中堅層(経験者)のオファー金額が外部マーケットから乖離(かいり)しており、辞退が相次ぐ。
原資の使い方:ベア原資の一部を「市場補正」の予算として持ちます。全社一律ではなく、職種別に「ジョブ/ファミリー別レンジ」を置き、外部市場と毎年すり合わせる運用へ移行します。
課題4:評価のメリハリがなく、賃上げが横並びの権利になっている
症状:ベアが続くと、社員の期待値が「来年も同じだけ上がる」に固定化し、評価が形骸化する。
原資の使い方:原資の一部を評価で差がつく原資として設計し直します。全員一律ではなく、高いパフォーマンスを出した人材がしっかり報われる構造へシフトさせます。
課題5:賞与偏重では、実感も採用力も作れない
症状:月給を抑えて賞与で報いる従来の設計のままでは、生活実感が生まれず、採用市場でも競争力を失う。
原資の使い方:ベア原資を使って、報酬ミックス(基本給・賞与の割合)を再編する「賞与の給与化」へ踏み込みます。
日本企業は「月給を抑えて賞与で報いる」設計が主流でしたが、物価高の中では、生活実感(月々の手取り)を作れません。さらにIT・デジタル人材市場のように「月額の見え方・年収の可視性」が重視される採用競争においては、この賞与偏重構造が致命的な弱点になります。
例えば、ノジマは賞与を年4回から2回へ変更し、減らした2回分を「業績手当」として月額給与に上乗せしました。同時にベアを実施し、一般入社の初任給を34.4万円(上限40万円)に引き上げました。
大和ハウス工業も月例給と賞与の比率を見直し、年収で平均10%アップさせつつ初任給を25万円から35万円へ引き上げました(大学卒の場合)。非IT企業ですが、IT人材も同じ市場で競っている以上、この「見える月額の引き上げ」は採用マーケティング施策となります。また、オカムラも月例賃金と賞与の配分見直しを含めて基本給を引き上げています。
ただし注意点があります。賞与の給与化は「変動費の固定費化」でもあるため、業績変動耐性は下がります。そのため、セガが基本給に賞与を一部組み込んだのと同時に「役割に応じた弾力的な報酬制度」へ改定したように、単なる固定費増で終わらせず、役割給や評価差の設計とセットでの取り組みが不可欠です。
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