2015年7月27日以前の記事
検索
インタビュー

老舗文具店から「DX支援業」へ 冷ややかっただった社内の反応、どう変えていった?(1/3 ページ)

地元の文具店から「DX支援業」に転身した企業がある。畑違いの領域だったため、社内の反応は当初冷ややかなものだった。どのように変えていったのか? 三代目社長に話を聞いた。

Share
Tweet
LINE
Hatena
-

「撤退」の論理

リソースが限られる中小企業にとって、過去の投資や慣習に縛られた「やめられない」状態は致命傷になる。本特集では「何を捨て、何を守ったか」の実例を取材。地方企業のリアルな決断事例から、成果を最大化させるための「攻めの撤退」をひも解く。


 地元の文具店から、最先端の働き方を提案するDXカンパニーへ。大きな事業転換を成し遂げたのが、TAKAYAMA(塩釜市)の三代目社長である高山智壮氏だ。

 高山氏は2014年にサイバーセキュリティ事業を立ち上げ、2022年に社長に就任後、大きく事業転換の舵を切る。事業撤退の背景や、新規事業を軌道に乗せた道のりを取材した。

未経験でのサイバーセキュリティ事業立ち上げ 最初の2年間は草の根運動

 TAKAYAMAの事業転換のきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災だ。その当時、東京で働いていた高山氏は地元に駆けつけた。甚大な被害の中で、在庫を抱え物理的な拠点に依存する文具店というビジネスの難しさを感じた。

 「文房具業界という市場、東北という地域の特性、自社の強みを冷静に見つめ直すと、このままではTAKAYAMAの事業は衰退していくだろうと思いました。当時の社長である父とも『新しいビジネスの種を見つけなければ生き残れない』という危機感を共有していました」

 その後、2014年に高山氏は地元に戻って家業に入り、サイバーセキュリティの事業を立ち上げた。その理由は、前職の三井住友銀行での経験を通じて「中小企業のセキュリティの脆弱(ぜいじゃく)さ」に問題意識を持っていたからだ。

 「インターネットバンキングを担当していたことがあったのですが、中小企業の不正送金被害が増え始めていました。銀行側で強固なセキュリティを敷いても、中小企業側のセキュリティリテラシーが低ければ被害を減らすことはできません。また、大学院で経営学を学び、市場の成長性とポジショニングの重要性を実感していました。これから伸びていくデジタル市場で、新たなビジネスの種を見つけようと考えました」


TAKAYAMA三代目社長 高山智壮氏(画像:以下、TAKAYAMA提供)

 高山氏にサイバーセキュリティの実務経験はなかったが、外部のサイバーセキュリティの専門家との出会いがあり、事業に伴走してもらうこととなった。

 現在は主に中小企業を対象に、サイバーセキュリティの最新情報を共有する勉強会の開催や、対策の現状を把握する診断サービスなどを提供している。

 東京から地元に戻ってきた高山氏が鳴り物入りで立ち上げたサイバーセキュリティ事業だったが、社内の反応は予想以上に冷ややかだった。

 「一部の幹部以外は『なぜ、自分たちがサイバーセキュリティのサービスを売らなくてはいけないのか』という反応でした。完全に畑違いの事業ですし、デジタルの知識がある人はいないので無理もありません。表向きは話を合わせながらも、なかなか動いてくれなかったり、公然と不満を口にしたりする社員もいました」

 なかなか理解されないストレスから、身体を壊した時期もあったという。一朝一夕で社内の信頼を得るのは難しいと考え、高山氏は社外での提案に注力していく。

 文具や事務機器などの事業で取引のあった会社は延べ2000口座ほど。顧客を一社ずつ訪ね歩き、サイバーセキュリティのサービスについて提案した。しかし、社外からもなかなか良い反応は得られなかった。

 「うちは中小企業だから狙われないよ」「文房具のTAKAYAMAさんが、なぜセキュリティを?」といった声が多かったという。事業立ち上げからの2年は、サイバーセキュリティの重要性を伝え続ける草の根運動が続いた。転機が訪れたのは、2017年のことだった。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

       | 次のページへ
ページトップに戻る