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「売上99.7%が架空でも表彰」 KDDI不正会計が暴いた「悪い報告が上がらない組織」の病理(2/2 ページ)

KDDI子会社で発覚した巨額の不正会計。なぜ、売上高の99.7%、2461億円が架空だったにもかかわらず、不正に関与した社員は「優秀な人材」として社内表彰され、7年間も組織は止まることができなかったのか。近年相次ぐ不正事例も交えながら、危機管理の最前線で見えてきた「悪い報告が上がらない組織」の病理と、経営者が真に問うべき課題を考える。

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「止まれなかった組織」に共通する4つの構造

 これらの事例を並べると、止まれなかった組織に共通する構造が浮かび上がってくる。

(1)「数字への圧力」が、最初の一線を越えさせる

 ジー・プランは「事業が撤退になる」という恐怖から、グッドスピードは営業利益目標の達成への圧力から、ニデックは創業者が課す非現実的な目標から……。きっかけはそれぞれ異なるが「このままでは数字が出ない」という切迫感が、最初の踏み越えを生む。

 重要なのは、このとき多くの場合「明確な悪意」はない、ということだ。「今期だけ何とかなれば」「来期には取り戻せる」という、ある種の楽観と切羽詰まった状況が混じり合い、社員は一線を越える。

(2)「小さな嘘」が、やがて引き返せない規模になる

 最初は帳尻合わせのつもりだったはずだ。しかし、一度架空の取引や不正な会計処理で数字を作ると、その穴を埋めるために翌期もまた数字を作らなければならない。雪だるまのように膨らむ嘘は、やがて自分たちの手に負えない規模になる。それでも「今期を乗り越えれば何とかなる」と先送りを続ける。ジー・プランの「7年間続いた不正」を可能にしたのは、この構造と考える。

(3)「成果」が、不正を見えなくする

 ジー・プランでは、架空取引で膨らんだ売り上げが「優秀な社員の実績」として社内表彰された。組織は成果が上がっているように見える限り、その中身を深く疑わない。むしろ疑うことへの心理的な抵抗が生まれる。「あれだけ頑張っている人たちの数字を、なぜ疑う必要がある」という空気だ。成果という鎧が、不正を守る盾になる。

(4)歯止めの仕組みが、肝心な場面で機能しない

 内部監査、経営会議、監査役、外部の会計士──紙の上では、歯止めのための仕組みが整っている。しかし実際には機能しなかった。なぜか。

 多くの場合、こうした仕組みは「正常に機能している組織」を前提に設計されている。問題を報告すれば自分の立場が危うくなる、上司がすでに関与している、そもそも何が不正なのかを自分では判断できない──そういった現実の前では、どんなに立派な制度も機能しない。仕組みはあっても、使える状態になかった、ということだ。

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「小さな嘘」が、やがて引き返せない規模になる(写真提供:ゲッティイメージズ)

最大のリスクは「悪い情報が届かないこと」への無自覚

 これらの事案を見て最も恐れるのは、不正そのものではない。「悪い報告が上がってこない組織」になっていることに、経営者自身が気付いていないという状況だ。

 現場の担当者が一線を越えるとき、多くの場合は「上に言えない」という判断がある。報告すれば事業撤退になる。自分がやり玉に挙がる……。そういった空気の中で、不正は静かに始まり、静かに育っていく。

 「うちは大丈夫」と確信している組織ほど、実は危ない。

 その確信が「悪い情報が届いていない証拠」ではなく「悪い情報が届かない組織になっている証拠」である場合が、往々にしてあるからだ。

危機管理の鉄則:「正直な開示」こそが最大の防御になる

 ここからは、危機管理広報の観点から話を進めたい。不祥事が発覚したとき、組織が最初に直面するのは「どこまで、いつ公表するか」という判断だ。この判断を誤ると、その後の対応が狂う。

 よく見られる失敗は「まだ調査中だから」「事実関係が固まっていないから」という理由で、公表を先送りにすることだ。この判断が生まれる背景はこうだ。

 不確かな情報を出して後から訂正することへの恐れ。社内の動揺を最小限に抑えたいという願望。株価や取引先への影響を考える経営判断。全て理解できるものの、情報の出し方が遅れるほど、組織への信頼は確実に削られていく。

 不正の事実そのものよりも「知っていたのに言わなかった」という疑念の方が、投資家や世間からの不信感を生んでしまう。後から追加の事実が出てくるたびに「最初から全て分かっていたのではないか」「意図的に隠していたのではないか」という見方が広がり、それが収まらないまま長期化する。これが「第二の危機」だ。

 では、どうすればよいのか。筆者が現場で一貫して勧めているのは「確定した事実」と「現時点で分かっていないこと」を明確に分けて開示するというやり方だ。

 「調査中であること」自体は、隠すべき情報ではない。「現時点で判明している事実はこれだけです。追加の調査を進めており、新たな事実が判明し次第、速やかにお知らせします」──このスタンスを早い段階で示すことが、信頼の土台になる。

 情報が不完全な段階での正直さは、弱さではない。むしろ「この組織は隠さない」という姿勢の証明になる。

 KDDIの今回の対応は、この観点から見ると一定の評価ができる。発覚から開示までの流れ、第三者委員会の設置、調査結果の詳細な公表──少なくとも「見えている部分」においては、説明責任を果たそうとする姿勢が読み取れる。

 ただ、気になるのは開示の「内容」よりも「文脈」だ。99.7%が架空取引だった事業が、なぜ7年間にわたって子会社として存続できたのか。グループとしての管理体制は機能していたのか。内部監査はどう動いていたのか。経営陣はどこまで状況を把握していたのか。

 これらへの説明が今後どこまで深められるかが、信頼回復の分かれ目になる。不正が起きた「点」だけでなく、それを許した「構造」に向き合えるかどうかがカギだ。

「不正ができる社員はいるか」ではなく「報告できる空気はあるか」

 「うちの会社は、大丈夫だろうか」という冒頭の問いに戻ろう。

 この問いを持てる経営者は、実はすでに半歩先にいる。危ない組織の経営者ほど、この問いを持たない。「うちには仕組みがある」「コンプライアンス教育をしている」「担当者を信頼している」──そういった言葉で、自分を安心させてしまう。

 危機管理の現場で筆者が学んだのは、不祥事が発覚したとき「まさかあの会社が」と驚くのは、社外の人間だけだということだ。

 社内では、たいていの場合、みんな気付いている。「あそこ、なんかおかしくないか」「あの数字、本当なのか」。薄々感じている人は、必ずいる。それでも誰も声を上げない。上げられない。その沈黙が積み重なって、7年という歳月になる。

 「知らなかった」のではなく「知っていたけれど、言えなかった」。不祥事の本当の怖さは、そこにある。だからこそ経営者が問うべきは「うちに不正をしている社員はいるか」ではなく「うちには、不正を報告できる空気があるか」だと考えている。

 悪い情報を持ってきた人間を叱らないこと。数字の「中身」を問う習慣を持つこと。現場が「言いにくいこと」を言える関係を、日頃から作っておくこと。これは危機管理の話であると同時に、組織の健康の話だ。

 不祥事の多くは、一人の悪人が引き起こすのではない。「言えない空気」が積み重なって引き起こされる。その空気を変えることが、最も根本的な予防策であり、最も難しい経営課題でもある。「なぜ止まらなかったのか」。その答えは、数字の中にではなく、組織の空気の中にある。

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不祥事の多くは、一人の悪人が引き起こすのではない(写真提供:ゲッティイメージズ)

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