オーストラリアのバイオテック企業であるコーティカル・ラボ(Cortical Labs)は2月、人間由来の脳細胞を使った生物コンピュータ「CL1」で、1993年にリリースされたFPSゲーム「DOOM」(ドゥーム)をプレイさせる実験に成功したと発表した。
20万個のニューロンが3D空間を認識 複雑な判断も可能に
実験では約20万個の人間由来ニューロンを培養し、シリコンチップ上の多電極アレイ(MEA)に配置。ゲーム画面の情報を電気信号に変換して細胞に入力し、細胞の発火パターンを操作信号としてゲームに反映させる仕組みだ。
この研究は、同社が2022年に発表した「培養神経細胞に『Pong』(ポン)をプレイさせた実験」の発展版にあたる。前回は単純な反射型ゲームだったが、今回は迷路や敵の位置を判断する必要のある3Dゲームへと進化した。
意識はあるのか? “報酬と罰”で学習する細胞ネットワーク
培養方法は、成人の皮膚や血液から作ったiPS細胞を神経細胞へ分化させ、ペトリ皿の上で育てるというもの。脳のような三次元構造はなく、平面的な細胞ネットワークにすぎないが、細胞同士は自然にシナプス(脳の神経細胞同士をつなぐ「情報の接合部」)を形成する。
ゲームプレイでは、成功時には特定の電気刺激を与え、失敗時にはランダムな刺激を与えることで学習を促す。これは神経科学でいう「目標指向学習」に近いメカニズムで、1週間ほどでランダム操作よりは良い成績を出すようになったという。
研究者は、この細胞ネットワークに意識や感情は存在しないと強調している。脳の構造もなく、あくまで原始的な生物学的ニューラルネットワークにすぎない。それでも、単なる細胞の集合が環境からの刺激に適応し、行動を改善する能力を示した点は注目される。
狙いは「超・低消費電力」 GPUに挑むオルガノイド知能
この分野は「オルガノイド知能」(Organoid Intelligence:OI)と呼ばれ、将来的には超低消費電力の計算装置として期待されている。現在のAIが大量のGPUと電力を必要とするのに対し、生物の神経ネットワークは桁違いに高いエネルギー効率を持つからだ。
もっとも、この技術はまだ初期段階にある。今回のシステムは脳とは程遠い単純な細胞ネットワークであり、現在のAIを置き換えるものではない。それでも、この研究は興味深い問いを投げかける。
「知能とは、どれほど単純な神経ネットワークから生まれるのか」。AIがシリコン上で進化する一方、もう一つの知能の系統――生物由来の計算機――が静かに芽を出し始めている。将来、AIの進化は「GPU Vs. 脳細胞」という全く異なる計算原理の競争へと広がる可能性もある。
今回の「培養細胞によるDOOMプレイ」は、その最初の一歩と言えるだろう。
本記事は、エクサウィザーズが法人向けChatGPT「exaBase 生成AI」の利用者向けに提供しているAI新聞「培養脳細胞がゲームをプレイ」(2026年3月17日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。
© エクサウィザーズ AI新聞
関連記事
人間は「取締役」、AIが「CEO」 サム・アルトマンがAGI論争を終了させてまで語りたかった「ASI」の未来図
「AGI」(汎用人工知能)は、気付かないうちに到達してしまった――だから次はASI(超知能)の定義を決めよう」。米OpenAIのサム・アルトマンCEOは、AGIをめぐる終わりのない論争に決着をつけるかのような提案をしている。宣言を急ぐ裏には、Microsoftとの間に抱える“巨額契約の時限爆弾”があった。AIがCEOになる」衝撃の未来図とは?
「人間がコードを書く時代は終わった」 “Claude Code”が引き起こす「知能の価格崩壊」
AIがソフトウェアを書く時代が、いよいよ本格的に始まりつつある。「GitHub」の公開コミットの約4%が、米AnthropicのAIエージェント「Claude Code」によって書かれていて、2026年末には20%以上に達するという。この変化は、単なる「AIコーディングツール」の普及ではない。PCの使い方そのものが変わり始めている。
AIによる“社会崩壊”まで残り3年 トップ識者が警告する「地獄のシナリオ」
AIがもたらす生産性の爆発は、最終的には人類に豊かさをもたらす可能性がある。しかしその途中には、社会が崩壊しかねない危険な移行期があるという。
AI競争は「Googleの圧勝」で終わるのか? Gemini 2.5 Proの衝撃
米国のテック系人気ユーチューバーの何人かが、こぞって「AI開発競争はGoogleが勝利した」という見出しの動画をアップしている。これでGoogleの勝利が決定したのかどうか分からないが、少なくともOpenAIの首位独走の時代は終わったのかもしれない。
Googleが拒否した軍事AIを成功へ 異端企業「Palantir」が示す、次なるAIの戦場
AIの戦場で圧倒的な存在感を放つのが、米コロラド州デンバーに本社を置くPalantir Technologies(パランティアテクノロジーズ)だ。 AI業界がモデル性能の覇権争いに明け暮れる中、Palantirは全く異なる価値観でAIの時代を切り拓き、業績を急拡大させている。
「KPIは睡眠時間」──オードリー・タンに聞く、日本企業の生産性が上がらない根本原因
生産性の低さが指摘されている日本。人口減少が追い打ちをかける中で、現状を打開するためには、どうしたらいいのか。企業はAIをどのように使いこなしていくべきなのか。オードリー・タンさんに聞いた。
NTT「IOWN構想」に世界が動き出した 成否を握る“ブレークスルー技術”とは?
NTTが提唱する「IOWN構想」では2030年をメドに伝送容量を現在の125倍、遅延を200分の1、電力消費を100分の1に抑える計画だ。飛躍期を迎えたIOWNの歩みと、米南部ダラスで開かれた推進組織のメンバー会議の現地取材から今後の課題を展望する。


