大谷翔平の熱狂を「事業アセット」に MLBが仕掛ける「データ経営」の正体(2/2 ページ)
単なるスポンサービジネスの枠を超え、スポーツ経済圏を企業成長の原動力に昇華させるファン拡大戦略の本質とは。MLBグローバルコーポレートパートナーシップ アジアディレクターの十原啓志郎氏に、激変するグローバルパートナーシップの最前線とその勝算を聞いた。
個別のチームに頼らない 「マーケの面白さ」というコラボ基準
MLBのターゲットは、既存の野球ファンだけではない。若年層や女性層など、これまで接点を持てなかった層の獲得が、大きなテーマになっている。
その際に重視しているのが、ライフスタイル戦略だ。米国では音楽、フード、エンターテインメント、ファッションなど、野球以外の領域を通じてファンとの接点を広げている。
オールスターゲームは、その象徴的な存在だ。試合だけではなく、レッドカーペットやライブイベント、SNSコンテンツなどを組み合わせながら、多面的な体験を提供している。
チームへの愛着が、ファンエンゲージメントの重要な原動力であることは変わらない。だからこそ、単なるライセンスビジネスではなく、新しいファンとの出会いを生み出せるかどうかを重視しているという。スポーツをライフスタイルへ、ゲームを文化へ。それがMLBのファン拡大戦略だ。
アウトソーシングではなく「内製化」 IT大手を超えるデータ経営
MLBの強さを支えているのは、マーケティング施策だけではない。その根底には、日本のスポーツリーグとは大きく異なる組織構造が存在する。
日本のプロ野球では、スポンサーシップや放映権、コンテンツ制作の多くを各球団が担う。一方でMLBでは、放映権、スポンサーシップ、ライセンシング、コンテンツ制作、デジタルプラットフォームを一元管理している。その収益を30球団に分配する仕組みなのだ。
この集約を支えるのが、日本のプロ野球リーグの数十倍に相当する本部の職員数である。
なぜそれほどの人数が必要なのか。MLBはテレビ局(MLBネットワーク)、デジタルプラットフォーム(MLB.com)、映像制作、マーケティング、スポンサーシップ営業のほぼ全てを内製化している。これはDX時代の「垂直統合型組織モデル」の典型例だ。
メディア、デジタル、コンテンツ制作といった多くの重要機能をリーグが保有することで、顧客データの一元管理、迅速な意思決定、収益の最大化を同時に実現している。日本企業に置き換えれば、自社EC、顧客管理システム、配信プラットフォーム、マーケティングオートメーションを内製し、データを一本化している状態に等しい。つまりMLBは、スポーツリーグであると同時に、巨大なメディア企業であり、デジタル企業でもある。その象徴がファンデータの活用だ。
MLBでは、チケットのデジタル化を進め、ファンの行動データを直接蓄積している。「いつチケットを購入したのか」「どの試合を観戦したのか」「どんなコンテンツを見たのか」「どの商品を購入したのか」など、その全てがデータとして統合される。
十原氏は「米国では、IT大手よりも多くの顧客データを持っていると言われています」と話す。しかし重要なのは、データを持つことそのものではない。スポンサー企業に対して、どれだけの価値を生み出したかを定量的に示せることにある。データによってROI(投資対効果)を可視化し、次の投資につなげるのだ。
ソリューションとしてのスポーツビジネス
多くの人にとって、大谷翔平選手はMLBと出会う入り口だ。しかしMLBが本当に目指しているのは「一人のスターへの熱狂」を「リーグ全体への熱狂」へと変えることである。
スポーツを広告として売る時代は、終わりつつある。これから求められるのは、スポーツを企業成長の原動力として活用する発想だ。十原氏が語る「ソリューションとしてのスポーツビジネス」は、スポーツ業界にとどまらない。企業のマーケティング、DX、グローバル戦略を考える上でも、多くの示唆を与えるケーススタディといえるだろう。
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