「どんぶりがない」から生まれた カップヌードル誕生の意外な発想:大阪ビジネス(1/3 ページ)
世界中で年間1000億食以上が消費されるインスタントラーメン。その原点には、数々の失敗を乗り越えながら課題を一つずつ解決していった安藤百福の執念と発想力があった。
この記事は、書籍『大阪ビジネス』(大野雄斗/クロスメディア・パブリッシング)に、編集を加えて転載したものです。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。
世界中で年間1000億食以上が消費されているインスタントラーメン。この「世紀最大の発明」と言われる食品が、大阪府池田市の小さな家の、さらに小さな「裏庭の小屋」で生まれたことをご存じでしょうか。
日清食品の創業者、安藤百福氏。安藤氏がインスタントラーメンを生み出したのは48歳のことでした。
安藤氏は、呉服店を営む祖父母のもとで、商売の現場を間近に見ながら育ちました。独立心の強かった安藤氏は「誰もやっていない新しいことをやりたい」と、繊維事業を22歳で始めます。メリヤス(編み物)を販売する会社を設立すると、大成功。
戦後の1948年(昭和23年)には食糧難の中で「衣食住というが、食がなければ衣も住もあったものではない」という思いを抱くようになり、食品事業を手掛けることを決意。日清食品の前身「中交総社」を立ち上げました。
しかし、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に脱税の容疑で収監。その後、理事長を務めていた信用組合が破綻し、背任罪で有罪判決を受け、正真正銘のどん底、無一文になってしまいました。
そんなときにふと思い出したのが、戦後の焼け野原、寒空の下、屋台に並んでラーメンをすする人々の長い行列。麺好きの日本人のために、「もっと手軽に、家でお湯さえあればすぐ食べられるラーメンをつくろう」と決意したのです。唯一残っていた池田市の小さな家の小屋で、朝から晩までラーメンの開発に取り組むようになりました。
(1)おいしくて飽きがこない。
(2)保存性がある。
(3)調理に手間がかからない。
(4)安価である。
(5)安全で衛生的。
この条件を満たすようなラーメンをつくるため、麺を揚げ続ける日々。一年が経つ頃、妻の天ぷら料理をヒントに「瞬間油熱乾燥法」を編み出し、1958年(昭和33年)、ついに世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を完成させます。
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