「他社がまねをする商品をつくれ」 シャープが独創性にこだわった背景:大阪ビジネス(1/3 ページ)
関東大震災で全てを失いながらも大阪で再起したシャープ。創業者・早川徳次が掲げた「他社がまねをする商品をつくれ」の精神は、国産初のラジオや世界初の電卓、液晶テレビへと受け継がれていった。
この記事は、書籍『大阪ビジネス』(大野雄斗/クロスメディア・パブリッシング)に、編集を加えて転載したものです。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。
「他社がまねをするような商品をつくれ」。これはシャープ(旧・早川金属工業所)の創業者で「日本のエジソン」とも呼ばれる早川徳次氏の言葉です。社名の由来となった「早川式繰出鉛筆(シャープペンシル)」の発明から始まったこの会社は、大阪人に特徴的な「目立ちたがり」と「独創性」を最も象徴する企業のひとつと言えます。
シャープの歴史は、常に「世界初」「日本初」への挑戦の歴史でした。早川氏は1912年(明治45年/大正元年)、ベルトに穴をあけずに使えるバックル「徳尾錠」を考案し、4752個もの大量受注を機に東京で独立しました。
1915年(大正4年)にシャープペンシルを発売すると米国で爆発的にヒットしますが、1923年(大正12年)の関東大震災でシャープペンシル工場が焼失。家族も何もかも失ってしまいました。さらに商売相手の企業から契約金と融資金の返済を求められ、会社を畳むことになりましたが、ここで折れずに心機一転、大阪に移転して再起を誓いました。
大阪に来てすぐに目を付けたのが「ラジオ」でした。当時はまだ日本でラジオ放送は始まっていなかったので、もちろん早川氏も含め誰も知識がありませんでしたが、部品を忠実に再現することに成功。1925年(大正14年)に国産初の鉱石ラジオを発売しました。
この年にラジオ放送が始まると、「シャープ」と銘打ったラジオを外国製品の半額以下で発売し、爆発的な売り上げを記録しました。
こうした偉業の数々がまさに「目のつけどころがシャープでしょ」たる所以ですが、まだまだシャープは進化し続けます。
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