「他社がまねをする商品をつくれ」 シャープが独創性にこだわった背景:大阪ビジネス(2/3 ページ)
関東大震災で全てを失いながらも大阪で再起したシャープ。創業者・早川徳次が掲げた「他社がまねをする商品をつくれ」の精神は、国産初のラジオや世界初の電卓、液晶テレビへと受け継がれていった。
次は電卓の世界です。いまの電卓とは違い、1960年代の電卓はデスクトップPCのように、かなり大きなサイズでした。それをどれだけ小さく軽く安くできるかが競われる「電卓戦争」とも呼べる時代でした。
そこで頭ひとつ抜けたのがシャープ。1964年(昭和39年)に世界初のオールトランジスタ電卓“コンペット”を発売したのです。これは、それまで日本で流通していた機械式で、音もうるさく計算も遅かった計算機の常識を覆す製品でした。
静かに高速で計算できる「コンペット」は幅42センチ、高さ25センチ、奥行き44センチと軽量化に成功。ただし値段は、当時の1300ccの車とほぼ同価格の53万5000円という、庶民には手の届かないものでした。
次に挑戦したのは「液晶テレビ」。
1953年(昭和28年)にシャープは白黒テレビを日本で初めて発売していましたが、そこから電卓をつくったときの液晶技術を生かして「液晶テレビ」の製造に乗り出します。
1987年(昭和62年)には当時の業界最高レベルの液晶テレビを発売し、2001年(平成13年)にはあの「AQUOS」が誕生。家庭でも液晶テレビがお手頃価格で楽しめるようになります。
堺市に広大な液晶パネル工場を構え、テレビの概念を塗り替えたその挑戦心は、まさに「目のつけどころがシャープ」でした。その一方で、韓国や中国の安価なメーカーとの価格競争に遅れを取り、2024年(令和6年)には残念ながら大型液晶パネルの国内生産から撤退してしまいました。
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