83→30項目へ激減 5年ぶりコーポレートガバナンス・コード改訂で取締役会はどう変わる?(1/2 ページ)
7月21日、金融庁と東証が5年ぶりに「コーポレートガバナンス・コード」改訂版を公表した。従来の83項目から30項目へと大幅削減し、形式的な穴埋めから「人的資本への投資」や「果断なリスクテーク」を促す実質的対話へ舵を切った。リスクを新たな「稼ぎ方」と捉え直す今回の改訂。形骸化した取締役会を脱し、平時から「説明する筋肉」を鍛えて持続的成長へ導くための戦略と「5つの問い」を解説する。
7月21日、金融庁と東京証券取引所は、5年ぶりとなる「コーポレートガバナンス・コード」の2026年改訂版を公表しました。
とはいえ「ガバナンス」(企業統治)と聞くと、どこか守備的で、経営のスピードを遅くする「ブレーキ」のように感じてしまう方も多いかもしれません。
例えば、大人気のパン屋さんを営んでいるとします。ある日突然、遠い国の紛争や気候の変化によって、これまで使っていた「輸入小麦粉」が届かなくなってしまいました。これが、現代の企業が直面している「部品の調達網(サプライチェーン)の途絶リスク」のリアルな姿です。
ここで「小麦粉が届かないので、しばらくお店を休みます」とお行儀よくシャッターを閉めるのが、従来の「守りのリスク管理」です。もちろん、これ以上赤字を出さないためには正しい判断かもしれません。
しかし、もしここで「これを機に、国内の農家さんと直接契約を結んで、地政学的なトラブルに強い『地産地消のこだわりパン屋』に生まれ変わります!」と宣言し、新しいファンを増やしていけたらどうでしょうか。リスクはただ避けるべき「脅威」ではなく、捉え方一つで、他社に差をつける「新しい稼ぎ方」(収益機会)に変えられることがあります。
今回の改訂では、こうしたリスクへの対応こそが、企業の新たな稼ぐ力に直結するとうたわれています。そこで、本稿ではコミュニケーション戦略の視点から、今回の改訂のポイントと、これから取締役会で話すとよいことを整理してみたいと思います。
「一夜漬け」からの脱却 なぜガバナンスは“ブレーキ”と誤解されたのか
コーポレートガバナンス・コードは、2015年に導入されて以来、2018年、2021年と改訂を重ねてきました。今回で3回目です。もともとこのコードは、不祥事の防止といった「守り」のためだけのものではなく、企業が健全な意欲を持って挑戦し、持続的に成長していくことを後押しする、いわば「攻めのガバナンス」を目指すものだとされてきました。
とはいえ、この10年の運用を振り返ると「原則を全て満たしているかどうか」を確認する作業に、多くの労力が割かれてきた面もあったように思います。項目を全て満たせば安心、満たせなければ形だけでも理由を書いて埋める。テスト前日だけ一夜漬けをして、答案の空欄をとにかく埋めるような対応と言えば、想像しやすいでしょうか。
チェックリストを埋める作業そのものが悪いわけではありません。ただ、それが目的化してしまうと、本来もっと時間を使うべき「この先どう成長していくか」という対話が、後回しになりがちです。今回の改訂は、そのバランスを取り戻そうとする試みだと捉えるといいかもしれません。
83項目から「30項目」に スリム化の裏にある「説明の質」の転換
今回の改訂で押さえておきたい変更点を、5つに整理します。
まず、原則の数そのものが大きく整理されました。これまで「基本原則」「原則」「補充原則」の三層構造で合計83項目あったものが「基本原則」「原則」の二層構造、合計30項目に絞られています。
削られた補充原則の内容は、コンプライ・オア・エクスプレイン(原則を実施するか、実施しない場合はその理由を説明するか、という仕組みです)の対象外である「解釈指針」という解説文書に移されました。項目数が減ったからといって負担が軽くなるわけではなく、むしろ一つ一つの項目について、より丁寧な説明が求められる構造になったと捉えるのが実態に近いと思います。
担当者にとっては「数を埋める仕事」から「具体的にテキストで説明する仕事」への切り替えが、今回の改訂の一番の変化といえるかもしれません。
次に、会社のお金や人材、技術をどこに振り向けるのかという、経営資源の配分についての説明が明記されました。設備投資や研究開発だけでなく、社員の育成や環境整備といった人的資本、特許や独自の技術といった知的財産など、目に見えにくい資産への投資についても、なぜそこに資源を振り向けるのかを語り、その後の変化を確かめ続けることの重要性が盛り込まれています。
基本原則の中で人的資本投資が明記されたのも、今回が初めてです。合わせて、社内の多様性を確保する取り組みについても、これまでより重い位置付けの項目に格上げされました。
取締役会での議論を支える「取締役会事務局」の機能強化も盛り込まれました。事務局は、資料をまとめて配るだけの役割ではなく、社外役員が本質的な議論に入れるよう、事前に論点を整理し、必要な情報を届ける役割を担っています。この機能が弱いと、どれほど良い議題を用意しても、議論が深まる前に会議が終了してしまいます。会議の進行そのものを支える裏方の存在に光が当たったのは、今回の改訂らしい特徴だと感じます。
独立した社外取締役を過半数にすることも、望ましい姿として示されました。社外の目を経営判断に、より早い段階から取り込もうとする流れです。
最後に、有価証券報告書を株主総会よりも前に開示することが推奨されました。理想としては株主総会の3週間以上前の開示が望ましいとされていますが、今の決算実務のスケジュールのままでこれを実現するのは簡単ではありません。そこで、株主総会の開催時期そのものを後ろにずらすことも、選択肢の一つとして示されています。
実務のスケジュールでは、改訂後のコードに沿ったコーポレート・ガバナンス報告書の提出期限を、2027年7月ごろとする方向性が説明資料の中で示されており、各社は今後、具体的な準備を進めていくことになりそうです。
最高速度を出すための「利くブレーキ」 リスクを“稼ぎ”に変える
これまで、リスク管理という言葉には、どこか「挑戦にブレーキをかけるもの」という印象がついて回っていたように思います。
今回の改訂コードでは、この位置付けが少し変わります。内部統制や全社的なリスク管理の体制を整えることは、単に不祥事を防いだり、法令や社内ルールを守ったりするためだけのものではなく、経営陣が思い切ってリスクを引き受け、果断に挑戦するための裏付けになり得るものだと説明されています。
ブレーキの利きが悪い車では、安心してアクセルを踏めません。「整った点検体制があるからこそ、思い切ってスピードを出せる」と捉えると分かりやすいかもしれません。
サイバーセキュリティや、国際情勢の変化に伴う調達網の混乱、技術やノウハウの流出といった、近年あらためて意識されるようになったリスクにも触れられています。これらは、単に避けるべき脅威として萎縮するものではなく、他社より早く備えることで、自社の強みや収益の機会につながり得るものとして位置付けられています。
環境問題や人権への配慮、従業員の健康や働きやすさといった、いわゆる持続可能性に関わる課題についても、近い考え方が示されています。リスクを減らす活動としてだけでなく、中長期的な企業価値を高める経営課題として、事業戦略の中に組み込んでいくという発想です。
もう一つ、経営資源の配分を考える際に欠かせない考え方として「機会コスト」という言葉が出てきます。ある選択をすることで、他の選択肢を選んでいれば得られたはずの利益を、諦めることになる。この視点を持たずに投資や現金の保有を続けていないか、自社が今どの成長の段階にいるのかを踏まえて検証することの大切さが説明されています。
手元の現金を持つこと自体は否定されていませんが、なぜ持っているのか、他の使い道と比べてどうなのかを、説明できる状態にしておくことが求められています。
こうした体制が、グループ全体できちんと機能しているかを確かめる仕組みとして、内部監査部門が取締役会に直接、状況を報告できる経路を持っておくことの重要性にも触れられています。現場で起きていることが、途中で薄まらずに取締役会まで届くかどうかは、いざというときの対応力を大きく左右します。
単なるイエスマンは要らない 試される社外役員の「本音」
今回の改訂では、独立した社外取締役を取締役会の過半数にすることが望ましいと示されたことは、すでに触れた通りです。社外取締役に期待される役割そのものも、少しずつ広がってきているように感じます。
まず、平時においては、経営陣を信頼して業務の執行を委ねながら、大局的な視点から助言をする役割があります。設備投資や研究開発、人材育成、知的財産への投資といった経営資源の配分について、専門知識を踏まえた意見を述べることに加えて、経営陣の説明が十分でないと感じたときに、率直に異なる意見を伝えることも、大切な役割の一つとされています。賛成ばかりが求められているわけではない、というのは、社外取締役として会議に加わる身としても、あらためて意識しておきたい点です。
次に、社長や役員の選任、育成、報酬の設計に関わる役割があります。次の経営者を、時間をかけてどう育てていくか、報酬の仕組みが中長期的な成果や挑戦を後押しするものになっているかを、指名や報酬に関する委員会を通じて確かめていく役割です。
投資家との対話に、社外取締役自身が関わる場面も増えてきています。投資家からどんな声が届いているのかを、社外役員が直接聞き、それを取締役会に持ち帰って議論の材料にする。そうした橋渡しの動きが、これまで以上に期待されるようになっています。
そして、業績の悪化や不祥事、買収提案といった、いわゆる有事の場面では、経営陣から独立した立場だからこそ果たせる役割があります。利害関係のある経営陣に代わって判断の中心を担い、社会や株主に対する説明を引き受けることも、社外取締役の重みのある役割の一つです。
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