なぜ「一度消えた」オニツカタイガーは復活したのか 世界的ブランドへと成長した背景:長浜淳之介のトレンドアンテナ(3/5 ページ)
アシックスのブランド「オニツカタイガー」が絶好調だ。2027年には分社化を控えるブランドのこれまでと、新たにオープンした旗艦店についてまとめていく。
なぜ「一度消えたブランド」が復活したのか
一度は消滅したオニツカタイガーだったが、古くからのファンや愛用していたアスリートからは、復活を望む声が絶えず出ていた。 2002年、かつてのヒット作を現代的に解釈する、レトロヘリテージのトレンドが広がる中、オニツカタイガーは復活する。今度はシューズのみならず、アパレルやアクセサリーまで展開するファッションブランドとして再登場した。
ブランドのアイコンシューズとしてMEXICO 66を発表。 背景には、1990年代のナイキ「エアマックス 95」に代表される、ハイテクスニーカーブームが終息し、トレンドに敏感な若者たちが、懐古的なスニーカーに目を向け始めていたことがある。イタリアのメンズファッション見本市「ピッティ・イマジネ・ウオモ」にも出展すると、ヨーロッパで大きな反響を呼んだ。
オニツカタイガー再興には、2001年にアシックスヨーロッパ社長に就任した尾山基氏の功績が大きい。当時のアシックスヨーロッパは赤字だった。そこで、ナイキやアディダスとまともに勝負するよりも、アシックスのルーツであるオニツカタイガーをファッションブランドとして復興して、レトロスニーカーの新市場を開拓すべきと考えた。
厚底のエアマックス 95と薄底のオニツカタイガーは対照的で、レトロでクールな新時代のスニーカーとして、ヨーロッパのファッションリーダーの間で評判になった。このヒットによりアシックスヨーロッパは再建し、人気は世界に波及。 日本でも逆輸入される形で、ブームとなった。 尾山氏はこの功績により、2008年にアシックス社長、2017年に会長に就任と、経営トップを務めた。
MEXICO 66が爆発的な人気になったきっかけは、2003年の映画「キルビル Vol.1」で、主演のユマ・サーマンが演じた主人公のザ・プライドが履いていたことだった。映画の世界的ヒットにより、オニツカタイガーは「日本発のクラシックスニーカーブランド」として、世界的に認知されるようになった。
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