資金調達の「二極化」進む 勝ち抜く企業の条件は? 早大教授に聞く:AIが変える“カネを貸す”条件
「AIによる審査の高度化」と「資金調達の多様化」は必ずしも同じ話ではない──ベンチャーファイナンスの第一人者である早稲田大学ビジネススクール(経営管理研究科)の長谷川博和教授は、こう指摘する。
特集「AIが変える“カネを貸す”条件」
AIやデータの活用により、金融機関の融資や与信判断の在り方が変化し始めている。金融機関はこれまで、財務諸表などの定量データをベースに膨大な時間をかけて審査をしていた。しかし生成AIの普及により審査業務が効率化され、短期間・少額の融資やデータ駆動型のデット調達(ベンチャーデットなど)が広がりつつある。
従来は融資を受けにくかった中小企業やスタートアップが、資金調達しやすい環境が整い始めた。特集では、取材を通じて、AI時代の「カネを貸す条件」について考えていく。
第1回:専修大教授に聞く、AI審査モデルのいま
第2回:早稲田大教授に聞く、AIが発展するほど経営者の資質が問われるワケ(本記事)
第3回(予定):
第4回(予定):
スタートアップの資金調達方法が変わりつつある。株式の希薄化を避ける新たな選択肢として「ベンチャーデット」の活用が広がっているほか、AIやオルタナティブデータを駆使した与信審査に注目が集まっている。こうした流れを受けて「AIによって審査が効率化された結果、スタートアップがお金を借りやすくなった」と語られることも多いが、その見方は妥当なのだろうか。
「AIによる審査の高度化」と「資金調達の多様化」は必ずしも同じ話ではない──ベンチャーファイナンスの第一人者である早稲田大学ビジネススクール(経営管理研究科)の長谷川博和教授は、こう指摘する。
資金調達の選択肢が増える背景には、何があるのか。与信審査の現場にAIが浸透し始めた今、経営者に求められる姿勢とは。長谷川教授に聞いた。
長谷川博和(はせがわ ひろかず)氏 早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程修了(学術博士)。野村総合研究所、株式会社ジャフコを経てグローバルベンチャーキャピタル株式会社を創業。代表取締役社長、会長を歴任。2012年から現職。国際ファミリービジネス総合研究所所長、日本ファミリービジネス学会理事、日本ベンチャー学会副会長、公益社団法人日本ニュービジネス協議会連合会副会長(提供:早稲田大学)
世界で戦うには「資金調達の多様化」が欠かせない
──昨今、スタートアップではベンチャーデットなど融資を組み合わせた資金調達が増えています。背景をどう見ていますか。
長谷川教授 まず、日本のスタートアップ政策には「裾野10倍・高さ10倍」という考え方があります。
「裾野10倍」は、起業する人を増やし、多様なスタートアップを生み出すことを指します。一方「高さ10倍」は、世界で競争できるユニコーン企業を増やすことを意味しています。この2つは目指す姿が異なるため、必要な資金や支援策も違います。
裾野を広げるためには創業支援制度やエンジェル税制の拡充が進められてきました。一方、高さを目指す企業については、ベンチャーキャピタル(以下、VC)の投資拡大に加え、事業会社が自社の事業とのシナジーを狙って、ベンチャー企業に投資するCVC(Corporate Venture Capital)も広がっています。
ただ、本当に世界と戦おうとすると、日本と海外では資金調達額に大きな差があります。例えばAIや宇宙分野では、優秀な海外エンジニアを採用するにも多額の資金が必要です。10億円で戦う企業と100億円で戦う企業では、経営戦略が全く違ってきます。
そのため、エクイティ(株式による資金調達)だけに依存するのではなく、資金の調達方法の多様化が進んでいます。ベンチャーデットもその一つです。
エクイティだけでは足りない理由 経営者と投資家の間で起こる“衝突”
──エクイティだけでは難しい理由は何でしょうか。
長谷川教授 大きく分けて2つの理由があります。一つは株式による資金調達を重ねると、創業者の持ち株比率が下がること。もう一つは、経営者と投資家の時間軸が一致しないケースがあることです。
VCにもさまざまな考え方がありますが、中には「早く上場したほうがいい」「早くM&Aしたほうがいい」と口出しする人もいます。
経営者が「今こそ海外へ進出したい」と考えていても、海外展開によって赤字となる場合もあります。その結果「今こそ上場すべき」という投資家と「今こそ投資すべき」という経営者の間で意見が対立します。
上場後も、短期的な利益を求める株主の意向を意識せざるを得ない場面はあります。最近、MBO(経営陣による買収)で非上場化する企業が出てきている背景にも、中長期の経営判断を重視したいという考え方があると思います。
AIで進む「ファイナンスの多様性」
──ベンチャーデットにはどのようなメリットがありますか。
長谷川教授 非常に大きいメリットは、保証人を求めない融資が広がっていることです。例えば日本政策金融公庫では、将来性がある企業であれば、月次では赤字でも、経営者保証を付けずに比較的早い段階から融資を受けられる仕組みがあります。
通常の銀行融資では、黒字化していることや経営者保証を求められるケースが多くありますが、それとは違う考え方です。創業者にとっては、個人保証を負わずに成長資金を調達できる意義は、非常に大きいと考えています。
──ベンチャーデットが広がる背景に、AIによる与信審査が登場してきたことも関係するのでしょうか。
長谷川教授 私は直接的な因果関係はあまりないと考えています。
「AIによって銀行員に時間的余裕ができたから、これまで貸さなかった企業にも融資するようになった」というほど単純な話ではありません。ベンチャーデットが広がっている背景は、資金調達手段そのものが多様化している、つまり「ファイナンスの多様性」が起こっていることにあると思います。
もちろん審査プロセスの効率化という点では、AIには大きな効果があります。提出書類の確認や日々の売り上げデータ、過去の類似事例との比較などは、人間よりはるかに速く処理できます。例えば、これまで1〜2カ月かかっていた審査が数週間で終わるようになることは十分あり得ます。
日次売り上げや入金データなど、過去のデフォルト率なども踏まえて分析することで、短期間・少額の融資については、AIが大きく貢献する場面は増えていくでしょう。AIの力を金融機関も活用しているということは間違いないと思います。
ただ一方で、金額が大きくなるほど、人の判断は欠かせません。
例えば数十億円規模の融資では、経営者の人となり、経営者がどんな理念を持っているのか、何のために・何を目指して経営しているのか、その会社のコア・コンピタンス(他社にまねできない自社の強み)は何なのかといった点まで見極める必要があります。
AIは判断材料を集めることはできます。過去の実績や類似企業との比較なども得意でしょう。しかし「この人は信頼できる経営者なのか」「将来を託せる人物なのか」という最終判断は、人間が担うべき領域です。
企業は人が価値を生み出しています。だからこそ、人を見る仕事は最後まで残ると思います。
「お金が借りやすくなった」からこそ生じる落とし穴
──融資が受けやすくなることで、新たな課題はありますか。
長谷川教授 もちろんあります。保証なしで借りられる制度が広がれば、制度を悪用しようとする人が出てくる可能性があります。
ベンチャーデットは、株式を希薄化させずに資金を調達できる仕組みですが、あくまで借入です。返す当てがない人、返そうと思っていない人が利用してはいけません。
だからこそ、経営者の理念や金融リテラシー、内部統制がより重要になります。AIが発達するほど、最後は経営者が信頼に足る人物なのかという点が問われる時代になるでしょう。
AI時代だからこそ加速する「二極化」の正体
──AI時代の資金調達では、経営者に何が求められるのでしょうか。
長谷川教授 会社は社会の器であって、社長個人のものではありません。融資で借りたお金も、株主から出資を受けたお金も、自分のお金ではなく、会社を成長させるために託された資金です。
借りやすくなること自体は非常に良いことですが、その結果として、資金を正しく活用して成長する企業と、信頼を得られず資金調達が難しくなる企業との二極化は進むでしょう。
AIは融資プロセスを大きく効率化します。しかし、経営理念や信頼まで代替できません。技術が進歩する時代だからこそ、人と人との信頼や、経営者としての姿勢がこれまで以上に重要になっていくのではないでしょうか。
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