「欧州のAI主権」任された“34歳の天才” パリの新星、AI企業Mistralは「救世主」になれるのか(3/3 ページ)
欧州のAI主権を担う存在として、AI企業のMistralが注目されている。同社を率いる34歳の“若き天才”は、“救世主”になり得るのか。
パリ南部にデータセンターを建設 マクロン大統領「歴史的」と賛辞
ワシントンD.C.がClaude Mythosへの外国からのアクセスを2週間にわたって停止したことで、各国政府はこれまでになく、AIの自立性を求めるMistralの主張に耳を傾けるようになった。
フランスの政党「国民連合」の党首で、欧州議会議員でもあるジョーダン・バルデラ氏は、Claude Mythosへのアクセス遮断について、AIが「国家主権に関わる重大な問題」であることを再認識させる出来事だと述べ、フランスに対してMistralへの支援を迅速に進めるよう求めた。ほかの欧州の政治家たちも国家インフラや防衛への懸念を示し、ある政治家はClaude Mythosを失うことを、イランによるホルムズ海峡の封鎖になぞらえた。
この主張を裏付けるため、Mistralは数億ドルを投じて物理的なインフラを構築している。パリ南部のデータセンターと、スウェーデンにある第2の拠点を建設中だ。同社は、構築した計算能力をクラウドサービスとして貸し出す計画も立てている。
2025年6月には、米NVIDIAの技術を搭載した欧州のクラウドプラットフォーム「Mistral Compute」を発表した。パリで開催されたテクノロジーカンファレンス「VivaTech」でメンシュ氏とNVIDIAのジェンスン・フアンCEOがこの計画を発表した際、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は「歴史的」と評した。
高まる「欧州の主権AI」の声 しかし米国のNVIDIA製品に依存
「サプライチェーンを多様化したかった。計算資源の全てを1社のプロバイダーに依存したくなかった」とラクロワ氏は語る。とはいえ、彼が説明する新たな計算資源は全てNVIDIA製のハードウェア上で稼働しており、自社製の半導体を開発することは当面考えていない。ラクロワ氏は「現時点ではNVIDIAは素晴らしい選択肢だ」と言う。「ただ、こうした仕事を理解しているほかのチップメーカーも探しています」
現時点でMistralは、中国以外のほぼ全てのAI研究所が置かれているのと同じ状況にある。自社のモデルとデータセンターは管理しているものの、その基盤となるハードウェアについては、依然として米国企業から借りざるを得ないのだ。このため、Mistralは「主権」という言葉に慎重なのだろう。現在の形で使われている「主権」という概念は「誤解」に基づいているとメンシュ氏は語る。
「主権とは孤立することではありません。バリューチェーンの中で相応の比重を持ち、相乗効果を生み出すことです。研究開発に再投資し、技術面で成長し続けられるようにすることなのです」と彼は語る。
この話題がもたらした奇妙な副作用として、Mistralはここ数週間「巨大な猫」を巡るうわさに悩まされている。6月半ば、Mistral製をうたう偽のモデル「Le Chaton Fat」がSNS上で拡散され始めた。フランス語で「太った子猫」を意味し、MistralのチャットAIサービス「Le Chat」をもじった冗談めいた名称だ。そこには、Anthropicの先端モデル「Fable 5」を上回ったとする架空のベンチマークグラフまで添えられていた。
モデル自体は偽物だったが、そのミームは、Mistralが米国のAI研究所に代わる真の選択肢を提供してくれることに対する、世間の広い期待を反映していた。「これは人々の期待を表している」と、架空のbotについてメンシュ氏は語る。「そして、私たちは近いうちにその期待に応えられるよう取り組んでいます」
同社の最高科学責任者であるランプル氏は、Mistralが2026年夏に「幾つかの新モデル」をリリースする予定だと付け加える。ただし、ほかのMistral幹部はLe Chaton Fat級にまで膨らんだ期待を抑えようとしている。「あれほど巨大な猫なのだから、あのミームが真実であるはずがありません」とラクロワ氏は冗談を言う。「しかし、私たちはより優れた大規模モデルを開発しており、今作っているものには大いに期待しています」
Mistralトップ「AIとは、本質的に『力』の問題だ」
ここ数年、主要なAI研究所のCEOは誰もが、ある種の地政学的アクターにならざるを得なくなっている。議会やG7サミット、政治討論の場に呼ばれるようになったためだ。そこは、スタートアップのCEOが通常関心を向ける製品ロードマップとは懸け離れる世界である。メンシュ氏がその仲間入りを果たしたとしても、それは本人が望んだことではない。多くの場合、マクロン大統領に引っ張り出される形での参加だった。
6月、フランスの町エビアン=レ=バンで開催されたG7サミットでは、メンシュ氏は当時の英国首相キア・スターマー氏の隣に座って出席した。米国のドナルド・トランプ大統領や、OpenAI、Anthropic、Google DeepMindのCEOも参加していた。「政治的な人物なのか」と問われたメンシュ氏は「私は自分をビジネスマンだと考えています」と答える。
しかし、彼はAIが持つ影響力を理解している。「AIとは、本質的に『力』の問題だ。国としての力も、企業としての力も、AI戦略に左右されます。だから私たちは、権力に関わる議論に引き込まれる。その意味では、私たちも多少なりとも政治的な活動をしているといえるでしょう」
メンシュ氏には、多くのテクノロジー企業のCEOには珍しい、ある種のフランス人らしい率直さがある。AIの主権を巡る議論にとどまらず、彼はほかの政治的に敏感な分野にも踏み込んできた。EUのAI法におけるコンプライアンス基準の緩和を求めてロビー活動を行ってきた。彼によれば、同法は小規模企業や非営利団体に不釣り合いな負担を強いているという。
また、AIによる雇用喪失は「無視できない」と議員たちに警告し、AIへの過度な依存が人間の専門知識を損なう可能性を指摘した。さらに、おそらく最も物議を醸したものとして、欧州のクリエイティブ産業への補償分として、AI企業の売り上げに課税する仕組みを提案した。
この計画について、一部からは、AI企業がライセンス料を支払うよりもはるかに安い金額で著作権侵害の責任を免れるための手段だと批判されている。Mistral自身も、フランスの出版社Nouveau Monde Editionsから、同社の書籍の海賊版をモデルの訓練に利用したと告発されている。Mistralはこの疑惑を否定している。
「AIの世界と文化の世界の間には、ある種の緊張関係がある」とメンシュ氏は語る。「私たちは文化の世界に一定の収益を還元する方法を提案しています。そもそもモデルの訓練とは、知識を凝縮することであり、世界の知識に貢献することでもあるからです」
Mistralは、2024年にMicrosoftと結んだ戦略的パートナーシップを巡って、EU議員から政治的な圧力を受けた。この契約については、外国の巨大テクノロジー企業が欧州発のAI旗手に過度な影響力を持つことへの懸念から、EUによる独占禁止法上の審査が行われた。
創業初期には、マクロン政権で元国務長官を務めたセドリック・オー氏がアドバイザー兼共同創業者として、Mistralの広報・渉外活動の多くを担っていた。同氏は、当初はより厳しいテクノロジー規制を支持していたが、Mistralを代表してEUのAI法における厳格な規定に反対するロビー活動を行うようになったため、注目を集めた。フランスの透明性監視当局であるHATVPは、最終的にオー氏が公的部門から民間部門へ移ったことに問題はないと判断した。
メンシュ氏によれば、オー氏は現在、正式なアドバイザーとしての役割から身を引いたという。「今でも彼とは定期的に会います。良い友人です」と彼は語る。
南仏から吹く強風を意味する「Mistral」 確かに今、追い風が吹いている
メンシュ氏にとって、AIを巡る不安の多くは「誰が利益を得るのか」という一つの問いに集約される。彼は、AIに対する反発の高まりを、単なる道徳的パニックではなく、権力の集中に対する警告だと捉えている。もしほんの一握りの米国ビッグテック企業だけがAIによる利益を独占することになれば、反発と不安定化が生じると彼は主張する。
「AIによって人々が豊かになってほしい」と彼は語る。「私たちが果たそうとしている役割の一つは、テクノロジーを広く普及させ、より公平なものにすることです」
この使命は、AIブームの中で独自の道を模索しようと躍起になっている欧州の政治家たちにとって、魅力的なものに映るだろう。メンシュ氏自身は、突然その肩にのしかかった地政学的な重責に、動揺している様子は見せない。Claude Mythosへのアクセスが停止された後の混乱した1週間が、個人的にはどのようなものだったのかと尋ねられると、彼は肩をすくめて「私たちよりも、顧客の方がずっと大変でした」と受け流した。
メンシュ氏が欧州の旗手という役割を受け入れるのか、それともAIの最先端で米国の競合企業を追い上げることに成功するのかは、まだ分からない。ただ、南フランスから吹く強い風にちなんで名付けられたMistralには、確かに今、追い風が吹いている。
本記事は、雑誌『Fortune』の2026年8・9月号「Europe」特集に掲載された「Meet Europe’s AI upstart taking on the U.S. tech titans」(米国のテクノロジー巨人に挑む、欧州の新興AI企業)という見出しで掲載されたものである。
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本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。
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