「原資がない」「大切なのは給料じゃない」──賃上げを拒む企業が見て見ぬふりする“人への投資”という最強戦略:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
倒産の原因は「従業員の退職」にあるのか、それとも「退職をとどめるための待遇改善に力が及ばなかった企業側」にあるのか──そんな議論を呼ぶ、調査結果が発表されました。この調査を読み進めるうちに、どうも腑(ふ)に落ちない感覚が残りました。
フォード社が110年前に証明した「人」への投資の効果
「われわれが考案した中で、最高といえる費用削減の手段の一つが、1日5ドルの賃金を決めたことだ」──これは米フォード・モーターの創業者で、同社を世界的な企業に育てたヘンリー・フォード氏が、取材を受けるたびに好んで繰り返した言葉です。
フォード社は今でこそ世界的メーカーですが、自動車の大量生産が始まったばかりの1914年当時は、過酷な労働条件による離職率の増加と無断欠勤に悩まされていました。そこで、フォード氏は「一挙に日給を当時の平均の倍近い5ドルに引き上げる」という、常識破りの大英断を行いました。
1日5ドルは、当時のフォード社の社員でも、同社が開発・製造したT型フォードを買える水準です。しかも、フォード氏は賃上げに加え、1日の労働時間を8時間に短縮したのです。
当時、フォード社は世間や同業他社から「そんなことをすれば経営が破綻する」と猛烈な批判を浴びました。ところが、同社の生産性は劇的に向上し、離職率は激減。優秀な人材が定着したことで品質も高まり、T型フォードは近代自動車の原点となった伝説の車として世界に名を広めたのです。
「原資がないから賃上げできない」「人をつなぎ止める余裕がない」――そう言ってコストカットと現状維持を続けることは、一見するとリスクヘッジに見えます。
しかし、人はコストではなく、未来を創るための「資源」です。フォード社が110年前に証明したように、過酷な状況にある今こそ「人」を中心に捉え直す必要があります。人への投資こそが、中長期的に見れば最大のリスク回避であり、最強の経営戦略です。
社員に投資することは「あなたは大切な存在だ」という企業からのメッセージであり、信頼の形にほかなりません。人は信頼されるからこそ、相手を信頼する。大切にされていると感じるからこそ、自分の仕事に価値を見いだし、力を発揮するのです。
組織の生産性を高めたいのであれば、まずはその「信頼」を形にすることから始めてみてはいかがでしょうか。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)、『働かないニッポン』 (日経プレミアシリーズ) 、『伝えてスッキリ! 魔法の言葉』(きずな出版)など。
新刊『「老害」と呼ばれたくない私たち 大人が尊重されない時代のミドル社員の新しい働き方』(日経BP 日本経済新聞出版)発売中。
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