Web上にない「現場の暗黙知」をAIの武器に変えるには? 日立「フィジカルAI」時代の挑戦
2026年を「フィジカルAI元年」と掲げ、パートナー企業と社会実装に取り組む日立製作所。現場の暗黙知をデータとして活用するため重要性を語った。
生成AIの次に来るのは、工場や線路、オフィスといった物理世界の現場で自律的に動く「フィジカルAI」だ──。日立製作所は2026年を「フィジカルAI元年」と掲げ、パートナー企業と社会実装に取り組んでいる。
ただ、AIはデータがなければ賢くならない。現場で起きていることを、AIはどう理解するのか。
「データに意味を付け『経験』としてAIが理解できる形にすることが大事」
こう話すのは、日立製作所 理事でデジタルシステム&サービスセクターCTOの森正勝氏だ。森氏が考える、フィジカルAI時代に企業が備えるべきこととは?
聞き手はイトーキ常務執行役員の八木佳子氏。
本稿は、イトーキが10月2日に開催した生産性の共同研究に関する記者説明会で開いた日立製作所とのセッション「AIはフィジカルをどう理解するのか〜『データを生み出す資産』が企業競争力を変える〜」を基に構成。
AIが物理世界に進出してきた
──生成AIの次に、AIはどこへ向かうのでしょうか?
現場という物理世界に出ていくと考えています。
AIの流れを振り返ると、最初はデータがたくさんあるから何かできないか、というビッグデータの時代でした。次に機械学習で「使える場所」がきちんと見つかり「トランスフォーマー」(2017年にGoogleが発表したAIモデルの基盤となる深層学習のアーキテクチャ)が出て、2022〜2023年ごろから生成AIが一気に注目されました。ここでギアがひとつ変わりました。
その後に、単に生成するだけでなく自律的に動くAIエージェントが現れ、より人の代わりになる段階に来ています。その先が、AIが物理世界に染み出していく段階です。実際の物事がどう動くかを捉え、そこからフィードバックを受けて、また物理世界に戻していく。ついにそれができるところまで来たと思います。
──日立ではどう取り組んでいますか?
現場で物を動かすには、それなりのナレッジがないと難しいです。当社は以前からプロダクトを手掛け、それがどう使われるかというオペレーショナルテクノロジー、その上にIT、さらにAIも早い時期から扱ってきました。
この3つを組み合わせ、AIエージェントにドメインナレッジ(現場の知識)を掛け合わせて、社会インフラのOSのようなものを提供できないかと、パートナーの皆さまと進めています。
Webの情報だけでは足りない 「現場の知識」を理解するために何が必要か
──現実世界にAIが出てくると、私たちは何をすればいいのでしょうか?
AIはデータがないと賢くなれません。
いわゆるフロンティアAI(最先端かつ最も高性能なAIモデルの総称)の開発では、Webにある情報を使い尽くすくらいの形で大規模言語モデルを作っています。しかし、現実世界のデータが全てインターネットにあるかというと、さすがにそうではありません。そうした意味でも、実際に現場で起こっていることをどう理解するかが大事なポイントになります。
一人一人の経験をしっかり取り込み、AIが理解して、現場に返す。そこまでやらないと難しいと思います。
──データと「経験」は違うものですか?
少し哲学も入るので議論は分かれますが、例えば、このいすにセンサーが付いていて、座ると圧力のデータが出るとします。その数字は「座った」という意味を付けないと、何を表しているのか分かりません。意味が付けば、座っている人を探すといった使い方ができます。
モーターも同じです。ある値を超えたら「壊れる予兆」だと分かっていれば、その数字を見ることが「壊れる」という意味になり、メンテナンスの人を手配しようと動けます。
数字だけを見ていても、アクションの取りようがない。そこで、データに意味まで含めてパッケージにしたものを、私たちは「経験」と呼んでいます。
──その意味付けは、現場の人が行うということですか?
はい。勘と経験でやってきたメンテナンスのような世界が、まさに「ドメイン知識」です。それを持っている人がデータも持っていれば、AIを鍛えられます。いいAIができれば、現場でそのまま生きて、人の代わりに判断することもできます。
こうした情報は今のインターネットにはなかなかありません。
日本は工場やメンテナンスの現場、オフィスなど、現場が強い国です。フィジカルAIで日本に注目が集まっているのは、そこが理由だと思います。
──最初からセンサーが入っていない機械では、データをどう取ればいいでしょうか?
ここは難しいところですが、間接的に取れるもので代替する方法があります。
当社が携わる鉄道の例だと、レールにセンサーを付けるのはなかなか大変です。そこで走っている車両に振動センサーを付けて、そこからレールの損傷を読み取ります。取りたいものと見たいものが一致すれば簡単ですが、そうでない場合は工夫が必要です。
自分たちでコントロールできる範囲の中から、使えそうな因果関係を見つけていく。現場の知恵を総動員して、地道に頑張るのがいいと思います。
AIによって生産性はどのように変わるのか
──AIの生産性についてどう考えますか? AIのほうが生産性が高いと言われる怖さもあります。
生産性の定義はなかなか難しいのですが、私はAIを自分の能力を高めるために使いたいと思っています。
1人で1つのことしかできなかったところが、AIを使えば2つできる。あるいは半分の時間でできるので、別のことに取り組める。人の能力を増幅するものとして一緒に向き合いたいです。
一方で、世の中には労働人口の減少があります。データセンターの新設でエネルギーを取り合う状況もあり、素材の問題もあります。こうした足りないものについては、AIでいかに効率を上げるかが課題です。
生産性は投入と成果の関係で決まるので、一律に考えず、効率を突き詰めるところと能力を拡張するところをケースバイケースで見極めたいと思います。
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