なぜGoogleは、OpenAIとAnthropicに勝てないのか? 「世界最大の計算資源」の使い道(3/3 ページ)
米Googleは次世代AIモデル「Gemini 4 Argon」を発表したが、第三者評価で米Anthropicや米OpenAIの後塵を拝した。Googleは世界のAI計算資源の約4分の1を握る最大手でありながら、なぜ首位に立てないのか。背景には、外部販売で稼ぐクラウド部門、検索部門、AI開発のDeepMindによる熾烈な「チップ争奪戦」がある。競合に計算資源を売る方が儲かるという経営の現実と組織力学の歪みを解き明かす。
競合へ売る方がもうかる皮肉
クラウド部門が優勢な理由は、収益の差にある。Googleは4月、ライバルであるAnthropicに最大400億ドルを投資し、5年間で5GW分のTPUを供給する契約を結んだ。SemiAnalysisの試算では、2026年7〜9月期から2027年10〜12月期に出荷されるTPUの2割超がAnthropicに直接販売されるという。
Google Cloudの4〜6月期の売上高は、前年同期比82%増の247億5000万ドルに達し、受注残高は5140億ドルに膨らんだ。一方、SemiAnalysisは、Geminiの年換算売上高を4〜6月期時点で120億ドルと推計する。クラウド部門については、2027年末までに外部向けAIインフラ事業の年換算売上高が730億ドルを超え、これとは別に、TPUの販売が1200億ドルに達すると見込む。外部向けの売り上げは合わせて2000億ドル規模だ。
経営の目で見れば、計算資源を自社モデルの開発より外部の優良顧客に回すほうが合理的になる。パテル氏も、GoogleがTPUでAnthropicをこれほど助けることは、皮肉にも自社のDeepMindの事業を傷つけていると指摘した。
ピチャイCEOは7月の決算説明会で、TPUの配分では「AGI(汎用人工知能)開発の最前線で戦うのに必要な量の確保が最優先だ」と述べ、その上で検索やYouTubeなどの中核事業と、クラウドを優先していると説明した。だが社内外から聞こえてくる声は、この公式説明とは大きく食い違っている。
「検索での大誤答」を恐れたモデル
最新モデルArgonの性格にも、社内の力学が色濃く表れている。Googleが発表資料に載せたコーディング関連の4つのベンチマークのうち2つで、Argonは他社モデルを下回った。SemiAnalysisの技術スタッフであるジョーダン・ナノス(Jordan Nanos)氏は「3位以下のコーディングモデルなど、誰も欲しがらない」と述べ、Geminiには独自の強みが必要だと手厳しい。
一方、Argonが他社を大きく引き離したのは、もっともらしい誤答(ハルシネーション)の少なさだ。Artificial Analysisの知識テストで、正解できなかった問いのうち「わからない」と答えずに誤答した割合は15%で、GPT-6 Astraの51%を大きく下回った。ただし正答率は50%で、Astraの63%に及ばない。知識量が多いからではなく、「わからない問いには答えない」という極端な慎重さで誤答を抑え込んでいるのだ。
ウィスナー=グロス氏は、この慎重さに「検索事業の要請」が表れているとみる。Geminiのモデルは外部の開発者に提供されるだけでなく、Google検索の結果画面の上部に出るAIの回答にも使われる。この回答欄は2024年の提供開始直後、ピザのチーズが滑り落ちないよう「接着剤を混ぜる」と勧めるなど誤答が相次ぎ、Googleは機能制限に追われた苦い経験がある。この痛烈な反省から、Googleは検索結果での誤答を何より嫌う。
外部の開発者と検索事業という「二つの顧客」を同時に満たさなければならない事情が、モデルの性格を過度に慎重にさせているというのが同氏の見立てだ。
Googleの計算資源は世界最大でも、その全てが最先端のAIフロンティア開発に回るわけではない。三者の綱引きでは、外部への販売で売り上げを急伸させるクラウド部門が圧倒的に優勢だ。ライバルに計算資源を売るほうが自社モデルで稼ぐより儲かる構造が続く限り、DeepMindは、自社からチップを買う競合の後を追い続けることになるだろう。
本記事は、エクサウィザーズが運営するAI新聞内の記事「世界最大の計算資源を持つGoogleは、なぜOpenAIとAnthropicに追いつけないのか」(2026年10月12日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。
著者プロフィール
湯川鶴章
AIスタートアップのエクサウィザーズ AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。17年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(15年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(07年)、『ネットは新聞を殺すのか』(03年)などがある。
© エクサウィザーズ AI新聞
関連記事
OpenAI「Dots」に追随なるか Google「Gemini Agent」参戦で過熱するパーソナルAI競争
米Google Cloudは企業向けイベントでAIエージェント「Gemini Agent」を発表した。単なる指示ではなく目標を渡すだけで自律的に業務を完遂する。最大の特徴は、専用メールアドレスや名簿を持つ独立した「AI同僚」として機能する点だ。さらに業務に応じて米Anthropicの「Claude」などもモデルとして選択可能。米Metaや米OpenAIとのパーソナルAI覇権争いが一気に過熱している。
請求書は青天井 Microsoftトップが「AIモデル大手に主導権を渡すな」と叫ぶ真意
MicrosoftのナデラCEOらが相次いで「AIモデル大手に主導権を渡すな」と叫び、波紋を広げている。企業の独自ノウハウが汎用モデルに吸収されるリスクや、AIエージェント化に伴う「青天井の請求書」への恐怖が背景にある。しかし、脱モデル依存を煽る2大巨頭の正論の裏には、自社プラットフォームへ顧客を囲い込もうとする思惑も透けて見える。エンタープライズAIの最新の地政学を考える。
「学歴は無価値に」 米トップエンジニアが明かす、AI時代に“大化けする人材”の共通点
「履歴書の時代は終わった」──AIの普及によって、企業の採用や人材評価のルールが大きく変わり始めている。
売上高93%増のPalantirが独走 AI競争の主戦場「制御層」を奪い合う3陣営
AI競争の焦点はモデル性能から、企業の業務・データ・権限を管理しAIを現場で動かす「コントロールプレーン」(制御層)へと移った。20年前から「オントロジー」(業務の地図)を蓄積してきた米Palantir Technologiesは第2四半期決算で売上高93%増と異次元の成長を記録。この独壇場に対し、米Snowflakeなどのデータ陣営、Amazon Web Servicesなどのクラウド陣営、米OpenAIなどのモデル陣営が参入し「法人AIの覇権」を巡る最終戦争が始まった。
中国は敵ではない NVIDIAトップが警告する「米中共存」とAIインフラの盲点
米NVIDIAのジェンセン・フアンCEOは、中国をAIの脅威とみなして封じ込めようとする米国の現在の政策姿勢に、真っ向から異を唱えた。「中国を敵に仕立て上げることは最善の答えではない、彼らと対話することが最も安全な道だ」という。「競争相手と敵は違う」というファン氏のこの一言が、議論の出発点だ。
人間は「取締役」、AIが「CEO」 サム・アルトマンがAGI論争を終了させてまで語りたかった「ASI」の未来図
「AGI」(汎用人工知能)は、気付かないうちに到達してしまった――だから次はASI(超知能)の定義を決めよう」。米OpenAIのサム・アルトマンCEOは、AGIをめぐる終わりのない論争に決着をつけるかのような提案をしている。宣言を急ぐ裏には、Microsoftとの間に抱える“巨額契約の時限爆弾”があった。AIがCEOになる」衝撃の未来図とは?
「人間がコードを書く時代は終わった」 “Claude Code”が引き起こす「知能の価格崩壊」
AIがソフトウェアを書く時代が、いよいよ本格的に始まりつつある。「GitHub」の公開コミットの約4%が、米AnthropicのAIエージェント「Claude Code」によって書かれていて、2026年末には20%以上に達するという。この変化は、単なる「AIコーディングツール」の普及ではない。PCの使い方そのものが変わり始めている。
AIによる“社会崩壊”まで残り3年 トップ識者が警告する「地獄のシナリオ」
AIがもたらす生産性の爆発は、最終的には人類に豊かさをもたらす可能性がある。しかしその途中には、社会が崩壊しかねない危険な移行期があるという。
AI競争は「Googleの圧勝」で終わるのか? Gemini 2.5 Proの衝撃
米国のテック系人気ユーチューバーの何人かが、こぞって「AI開発競争はGoogleが勝利した」という見出しの動画をアップしている。これでGoogleの勝利が決定したのかどうか分からないが、少なくともOpenAIの首位独走の時代は終わったのかもしれない。

