「今のAIは100年前の飛行船」 元DeepMind研究者が脳から挑む“1500億円超”の賭け(3/3 ページ)
「今の生成AIは100年前の飛行船だ」――。元DeepMindのディリープ・ジョージ氏は、原理を解かぬまま計算資源を注ぎ込む現代のAI開発をそう喝破する。ヘリウム独占と同じく、計算資源を持つ者が勝つ方程式はいつまで続くのか。少ないデータや経験から学ぶ「脳の原理」を解き明かし、真の飛行機を生み出すべく10億ドル超を投じる同氏の挑戦から、巨大化バブルの先にあるAIの次なるパラダイムに迫る。
言葉のない世界で「認知地図」を描く
Asteraは、米暗号資産企業Rippleなどを創業したジェド・マケーレブ(Jed McCaleb)氏が設立した非営利団体だ。ジョージ氏の部門が使える予算は年1億ドル。並行して、神経科学者のドリス・ツァオ(Doris Tsao)氏が率いる研究室で、サルやマウスの脳活動を記録する実験を進めている。
ジョージ氏のチームは、言葉を一切使わない3Dの仮想世界を構築している。最初は単純な世界から始めて、徐々に複雑にしていく。エージェント(自律的に動くAI)が手にするのは、自分の行動と、その結果見える映像データだけだ。
最初の試験は、頭の中に周囲の地図をすばやく描き、それを計画に使えるかどうか。神経科学で「認知地図」と呼ばれる能力で、人間も動物も生まれながらに持っている。
今の「世界モデル」(周囲の世界がどう変化するかを予測するAI)の多くは、映像の次のフレームを予測するよう訓練されている。本物そっくりのリアルな映像は作れても、それだけでは先々の計画を立てるのは苦手だと同氏は指摘する。
Asteraでは同じ課題をAIエージェントと動物に同時に与え、学習する速度を比較する。動物にできてエージェントにできないことがあれば、そこにブレークスルーの手がかりがある。脳型AIが最初の手応えをつかむのは、今のシステムよりはるかに速く認知地図を描き、それを長期の行動計画に使えたときだという。まだその段階には達していない。
飛行機まではあと何歩か。ジョージ氏の見立ては「おそらく十数個の発見」だ。フェニックス氏が「多くはない。1兆ドルの価値がある十数個だ」と応じると、同氏は「その十数個が互いにかみ合わなければならない。だから簡単ではない」と返した。10年がかりのプロジェクトになる。
計算資源が全ての方程式が崩れる日
飛行機が空の主役になったとき、ヘリウムを握っていることは空の覇権とほとんど関係がなくなった。
ジョージ氏はそこまで明言していないが、計算資源が「AI時代のヘリウム」であるならば、まったく同じ地殻変動が起こりうる。脳の原理の解明が進めば「最も多くの計算資源と電力を注ぎ込んだ者が勝つ」という現在の方程式は根本から書き換わる。
いま世界中のビッグテックが繰り広げている兆単位の巨額投資競争は、その日が訪れるまでの「世界最大の飛行船づくり」にすぎないのかもしれない。
本記事は、エクサウィザーズが運営するAI新聞内の記事「『AIは計算資源がすべて』の時代は終わるのか 元DeepMind研究者が脳から挑む10億ドルの賭け」(2026年10月30日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。
著者プロフィール
湯川鶴章
AIスタートアップのエクサウィザーズ AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。17年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(15年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(07年)、『ネットは新聞を殺すのか』(03年)などがある。
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