北京観光といえば、故宮や天安門、天壇、万里の長城といった歴史名所を連想する人は多いはず。もちろん、これらの名所旧跡は、一度は訪れたい定番スポットであることは確かだが、今の北京の見どころはそれだけじゃない。ビジネスや経済、商業が急成長している中国の首都北京は、急速に変化し続ける「新しい都市」としての魅力と活気にも満ちている。 |
特に注目したいは、ここ数年、北京の街に次々と建てられている建築物だ。国内のみならず世界中の建築家がコンペに参加して腕を競い、北京中のいたる所に斬新な建物や施設、空間が続々と生まれつつある。それらの場所を訪れ、そのスケール感や迫力、造形美を味わう。そんな視覚体験としての、新しい北京の都市めぐりを提案したい。 |
今北京で最も熱い場所といえば、オリンピックの開会式が行われたメインスタジアム北京国家体育場だ。連日、世界中のテレビで紹介されているが、映像ではなく自分の目と足で体験しておきたい北京観光の筆頭スポットといえる。通称「鳥の巣」と呼ばれるこの巨大建築は、スイスの建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンによるもの。総工費は35億元で、最大収容人数は9万1000人。 見どころは、鋼鉄の骨組みが無造作に入り組み、絡み合いながら、全体としては滑らかな曲面を描き、巨大な空豆か貝殻を思わせるラウンドフォルムを形作っていること。それぞれのパーツはばらばらなのに、完成したジグソーパズルのように全体像は整然とまとまっている。この混沌と秩序、カオスとコスモスの絶妙なバランスが、身震いするほどたまらない。 鳥の巣(バードネスト)という洒落たニックネームは、ちょっとかわいらしすぎると思う。実際の印象をたとえるなら、鉄の包帯でぐるぐる巻きにされた巨大生物、あるいはマザーシップ級の宇宙船だ。近未来SF風のたたずまいは、子どもの頃、映画や漫画で見た未来都市建築そのままである。競技などそっちのけで、このエキサイティングな超弩級アーキテクチャを堪能できただけで、北京に来た甲斐があったというものだ。 |
|
私が訪れた日は、運よく北京では珍しい青空に恵まれ、鋼鉄の輝きがいっそう際立つ写真を撮ることができた。ちなみに写真に収めるなら、スタジアムの手前にある池越しにとらえるか、近隣のホテルの高層階から撮るのがおすすめ。シルエットが映える夕景やライトアップされた夜景も狙い目だ。 |
鳥の巣を中心としたオリンピックのメイン会場付近には、鳥の巣以外にもさまざまな現代建築が立ち並び、競技と同じかそれ以上に我々の目を楽しませてくれる。 メインスタジアムの西側には、北京国家水泳センター(国家遊泳中心)、通称「水立方(ウォーターキューブ)」がある。ここはシドニーオリンピックのスイミングセンターも設計した、オーストラリアのPTW設計事務所によるもの。 水の泡をイメージしたという独特の外壁は、日本の旭硝子が開発した「ETFE(熱可塑性フッ素樹脂)」という半透明の特殊なプラスチックフィルム製。腐食性と保温性に優れ、昼間は太陽光を取り入れ、室温調整の働きを持つ一方で、夜は内側からライトアップされ、暗闇の中に妖しい青い光を放つ。巨大な青い細胞のようにも思えるし、今にも動き出しそうなミズクラゲのようにも見える。 |
水立方のデザインと好対照をなすのが、その西北側に建つ「数字北京大厦(デジタル北京ビル)」だ。同じく四角い形状ながら、水立方の有機細胞的な外壁に対して、こちらはICチップの基盤やバーコードをイメージした無機的な意匠を採用する。水立方がネイチャー系なら、この数字北京大厦はサイバー系だ。 発光ダイオードをところどころに埋め込んだモザイク状の外壁は、映画マトリックスのタイトルバックの建築デザイン版といってもいい。今はオリンピックのデータセンターとして使われているビルで、設計は中国の建築デザイナー「朱ペイ建築事務所(Studio Pei-Zhu)」が手掛けている。 ちなみに数字北京大厦は、エコロジーとテクノロジー、ヒューマニティーという北京オリンピックの三大理念を具現化し、建物の素材や、照明、空調設備などには省エネ設計が施されているとのこと。だが、そんな理念は口実で、とにかくカッコイイ建物を作りたかったのではないか。朱ペイさんのこれまでの作品群(http://www.studiopeizhu.com/)を見るとそう思えてくる。 そして、この地帯の極め付けの建築といえるが「盤古大觀(パングー・プラザ)」だ。中国人にとって伝統的な国のシンボルである「ドラゴン(龍)」のデザインを採用し、ここまで紹介したオリンピックの関連施設を一望できる位置にそびえ立っている。 |
盤古大觀の全体は、南北に連なる5つの建物で構成され、いちばん南にある高さ192メートルのオフィスビルが「龍の頭」で、マンションとなる中間の3つの建物が「龍の身体」、北側のホテル部が「龍の尾」をそれぞれイメージしているという。設計は、台湾の超高層ビルでおなじみの台湾人建築家、李祖原。 オフィスビルの高層階には、VIP専用の「空中倶楽部」や世界最高最大の「空中博物館」があり、ヘリポートや専用衛星放送の送受信システムまである。さらにマンション部には中国の古い家屋を現代風にアレンジした「空中四合院」があり、その1室を年間1億元(16億円)の家賃でビル・ゲイツが借りたと中国国内で大きく報道された(ただし、その後マイクロソフト中国の関係者は報道を否定)。 ふんぱつして、七ツ星を自称する盤古大觀のホテル部に泊まり、VIP的な天上界ムードを味わうのも一興だが、下界から見上げて外観の妙を味わうだけでも十分に楽しめる。負け惜しみではない。龍の頭といわれる部分は、聖火にも見立てられるし、ソフトクリームやリーゼントヘアのようにも見えてくる。眺めれば眺めるほど、見る人の想像力を刺激してやまないのが北京新建築のおもしろさだ。 盤古大觀(PANGU PLAZA) |
取材・文/永山昌克
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング