コラム
» 2006年03月23日 13時46分 公開

ビル・ゲイツ氏、貧困層のコンピュータ購入に100ドルや200ドルでなく、600ドル超の出費をコメンタリー(2/2 ページ)

[Robin-'Roblimo'-Miller,japan.linux.com]
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価値はあるが、非現実的な目標

 One Laptop per Child(すべての子どもにラップトップPCを与えよう)というのは壮大なスローガンではあるが、私に言わせれば現実性に欠けており、必要な目標であるとすら思えない。地球上のすべての子どもたちが、外で遊ぶ代わりにキーボードの前で背中を丸めて1日を過ごすという事態を、われわれは本当に歓迎したいのだろうか? 賢明な親たちであれば、彼らの所属する経済層に関係なく、子どもにはスポーツをやることを奨励したり、家事の手伝いをさせたり(低所得層では半ば強制だが)、生きてゆく上で遭遇するさまざまな活動を経験させようと努めるのではないだろうか?

 子ども1人ずつにテレビとコンピュータ付きの部屋を与えるという、繁栄下にある現在の米国のライフスタイルが良いことなのか、私にはよく分からない。一家全員が使える部屋に1台か2台のテレビやコンピュータを集めておき、家族のみんなで共有するようにしておけば、親が子どもたちのテレビ鑑賞やオンラインアクセスを監視するのも容易であり、「さあ、君の今日の使用時間はここまでだよ。後は外で遊んで、コンピュータは妹に使わさせてあげなさい」と言うのも簡単だろう。

 収入が米国の水準の5分の1から10分の1しかない国々の場合、あるいは米国の低所得層についても同様だが、1つの家族に1台のコンピュータとする方が、1人の子どもに1台のコンピュータとするよりも、より現実的な目標になるだろう。また居住スペースの面からしても、豊かな家庭に比べて貧しい家庭では、狭い空間に多くの生活用品を詰め込む傾向があるので、使用時だけテーブル上に置いて、それ以外は折りたたんで棚に収めておける、ミニチュアラップトップコンピュータの方が大型のマシンより適しているはずである。ビル・ゲイツ氏とその家族は9700万ドルの大邸宅に住んでいるという話であり、そうした人間にとって、わずかな居住スペースがどれだけ貴重な存在かは理解しがたいのかもしれないが、小さなアパートの1室で家族5人以上が寝起きを共にする状況の場合、それは切実な問題なのである。

世界の労働者階級のためのコンピュータ

 いわゆる100ドルコンピュータなど捨て去ってしまえ、と言いたいわけではない。米国もその例外ではないが、地球上には雀の涙の賃金のために額に汗して働いている人々が多数存在しており、そうした人々に向けた入門用の基本モデルとして販売されるべきなのである。最も、実際の店頭価格はおそらく200ドル(あるいは300ドル以上)にはなるだろうが、ワイヤレス通信可能な省電力型ウルトラ・ポータブル・ラップトップがこの価格帯で入手できるのは素晴らしい話であり、近くにある同様のコンピュータとの間で自動的にリンクを確立して、インターネット接続や“コミュニティー”ワイヤレス接続ができるのなら言うことはない。

 こうした自由市場方式のアプローチによって低価格のポータブルコンピュータを必要とする人々の手に渡そうという試みの問題点は、そこには“世界を救おう”というスローガンほどの人々に訴える力が感じられないことである。米国の一般市民にとってコンピュータというものは、デスクトップなら 300ドル、ラップトップなら500ドルも出せば購入できるだけの存在でしかない。こうした繁栄を謳歌している米国人や欧州人にとっては、「今のコンピュータの価格相場から200ドルばかり値引きしても、たいした違いはないだろう。いったい何を気にしているんだ?」と感じるのが関の山だろう。

 しかし、政府による購入(そして政府による無償提供)に頼るのではなく、こうした自由市場方式のアプローチには、単に自力では購入できない人々にコンピュータを手渡す以外にも、全世界の小規模企業に新たなビジネスチャンスを与えられるというメリットもある。というのもこれらのコンピュータは、おそらくは手ごろな支払いプランを組んだ上で、市場を通じた販売とサービス提供が行われるからだ。実際私は、これらの販売とメンテナンスに関しては、インターナショナルな慈善団体よりも地元の販売業者に任せた方がうまくいくのではないだろうかと思っているし、発展途上国の政府担当者に売り込む際には、自国の恵まれないすべての子どもに与えるために、道路や教育や医療の整備予算を切りつめて100ドルコンピュータを政府が主体となって購入すべきだと迫るよりも、こうした運動は経済を活性化させて新たな雇用を生み出せますよと話を切り出す方が、相手の食いつき具合が違ってくると考えている。

 このプロジェクトが社会の最貧困層ではなく、それよりも数レベル上の層をターゲットに据え直すことができるのか、あるいはそうした必要性があるのかは、私には分からない。しかし、こうしたコンピュータを個人的に購入できるようにしたとしても、それはプロジェクトのオリジナルの意図を必ずしも損なうものではないだろう。むしろ、ラップトップコンピュータをより多数の人々の手に渡すことは、生産量の増大をもたらして低価格化を促進するので、100ドルコンピュータの提供プランをより現実味あるものにするであろうし、政府の予算支出という束縛からプロジェクトを解放できるという副次的なメリットもあるはずだ。

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