●事業継続で企業の社会的責任を果たす
筆者が、災害対策に対するその姿勢に感銘を受けた会社の1つにある製薬会社があった。この製薬会社の情報システム部員は非常に意識が高く、何かと勉強になった。
具体的には災害対策の上流工程から実装までを行ったのであるが、最初にプロジェクトが始まるときに担当の方はこう言った。「製薬会社というものは、災害が起きたようなときにこそ薬を世の中に供給し続ける責任があるのです。だからきっちりと作りたいのです。そのお手伝いをしてください」。この言葉を聞いて、担当者の方々も含めた企業としての責任感の強さに感銘を受け、筆者らのチームも使命感に燃えてプロジェクトを進めることができた。
製薬会社はやや顕著な例ではあるが、読者の会社/団体の活動も、製品やサービスを提供するという形で社会に対して何らかのプラスの作用をもたらしている。その事業の継続を通じて、製品やサービスを受ける購買者が求める価値を提供しているのだ。
社会経済を構成しているのは、価値の連鎖だ。有事の際に事業を継続できなくなり、ひいては世の中に自社が提供すべき価値を提供できなくなると、それは社会全体にとってマイナスになる。日本という国単体の経済でみても、事業を継続できなくなることは国益に反することである。社会、経済の継続的な発展を望む上で、事業を継続し続けるということは企業の社会的責任の1つなのである。
●地理上の不利を逆手に、有事に強い社会に
ご存じの通り、日本は地震が多い。また活火山も多い国である。雨も多く、傾斜地も多くあるため、土砂災害もある。また、朝鮮半島や中国などとの間に緊張関係も抱えている。さらに日本国土は資源をほとんど持たず、食料自給率も低いというありさまで、欧米と戦っていく上で地政学上不利な点が多々ある国である。それでも日本人は、知恵を絞って戦後の何もない状態から劇的な経済成長を遂げてきた。
昨今、政治、経済の不安定性が増してきたのと同調するように、自然災害も猛威を振るっている。このような社会でも、いや、このような社会だからこそ、われわれは知恵を絞って戦うべきだろう。不安定な社会におけるリスクが顕在化したときに、いかに事業を止めないようにするか、いかに社会経済の活動を止めないようにするかといった問題に関して、全世界的に見ても敏感に考えることができる地理的位置にいるのである。
災害が多いことを嘆くのではなく、逆にそのような不安材料がある中でも、社会全体の中できっちりとリスク管理がなされ、有事の際にも自律的に復旧されていくOptimized(最適化)された状態に持っていくことは日本の命題であると筆者は思う。ディザスタリカバリシステムの構築は、その意味でも非常に意義のあることである。
●企業価値向上への昇華
災害対策というと、災害が起きない間、この部分に掛けた投資は無駄だと思われるかもしれない。確かに、何も工夫をしなければ平常時にDRサイト側の投資は活用されることもないため、掛け捨ての保険と同じである。
しかし、「災害対策を行っていること」「BCPを作成し、PDCAサイクルを回しながら日々改善活動を行っていること」を社外に向けて積極的に開示していけばどうだろうか? 何も行っていない会社と災害対策を積極的に行っている会社――同じような収益性であれば、当然、災害対策を積極的に行っている会社の方が信用は上がるだろう。また災害対策システムを構築した経験を社外のセミナーや学会などで披露していくことで、他の企業/団体にプラスの影響を与えることができれば、さらに意義あることだ。
積極的に情報開示をする会社というものは、自ずと評判が上がり、信用向上に寄与する。それだけでなく、日本社会全体での災害対策に対する意識向上への貢献という意味で、大きな社会的意義があるとも言える。
前回の記事で、有事の際にはステークホルダーに積極的に情報を開示すべきだと述べたが、通常時にも積極的な情報開示を行うことで企業価値向上につなげることができる。
●人材を日本社会全体で増やす
前述の通り、ITに関する事業継続ビジネスの多くはITインフラの実装技術である。
ところが日本全体で見ると、インフラ(基盤)のエンジニアよりもアプリケーション開発エンジニアの方が多い。このため、日本社会全体としてインフラ技術者の育成は急務だと考える。もし読者の中で、この記事を読んでインフラ技術を徹底的に習得したいと考える方は、ぜひ筆者の会社(IIJテクノロジー)の門を叩いてほしい。筆者自身、今後も徹底的に止まらないためのインフラ技術を追求し、世の役に立つインフラエンジニアの増加に寄与したいと考えている。
繰り返しになるが、日本は地理的に自然災害の非常に多い場所に存在する。そのため、欧米の企業よりもリスクが顕在化する確率は高いといえる。
逆に、自然災害はいつかやって来るものだとリスクを受容し、その上で落ち着いて対応できる国民性があるとも言える。仮に欧米で、地震などの大規模な自然災害が起きた場合よりも、はるかに少ない被害で抑えることができると考えられる。
事業継続の強化というプロセスを通じて、有事に強く、不祥事が起こらず、セキュリティに強い企業/団体へと変貌していくことができる。CMMIで例えるならば、レベル5のOptimizedされた状態へとなっていくのである。
ディザスタリカバリはそのプロセスの1つだ。この活動をきっちりこなしていくことが、企業/組織の価値向上につながり、ひいては日本の国際競争力の向上にもつながっていることを理解すれば、担当者の方もさらに楽しく仕事ができるのではないだろうか。
また、ここまでは特に日本を意識して書いたが、やはり「人類皆兄弟」である。災害対策のために得た知見を、ひとり日本だけのために活用するのは、地球全体という規模で見たときにはつまらない。せっかく得た知見を地球全体にフィードバックし、他の国の企業/団体がそれぞれの事業活動を停止することなく有事に対応できるよう生かされれば、地球全体の価値もまた向上していくことになる。
こういったシーンに日本の知見が活かされ、他国の役に立ち、国際的なプレゼンスが向上するのであれば、多少自然災害が多くてもいいではないか。日本発で世界のどこかで困っている国や企業/団体を、ひいてはその国民を救えることができるならば、われわれが取り組んでいるディザスタリカバリは本当に意味のある仕事となるだろう。
■小川晋平
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