ノートパソコン一つで東京に出てきてホームレスのように暮らしながら、一から再起した起業人がいた。
深夜、自室で何気なくTVを観ていたら、「R30」(TBS系列)という番組にオウケイウェイヴ(Q&Aサイト「OKWave」を運営)社長の兼元謙任氏が出ていた。学生時代から「世のため人のため」になる理想主義的デザインを目指したが、仲間に裏切られ、妻には出て行かれ、東京にノートパソコン一つで出てきてホームレスのように暮らしながら、一から再起した人だ。
僕が彼を取材したのは「ITセレクト2.0」誌の2005年5月号だから、もう2年以上も前になる。現在の彼の会社の年商は約6億円で、昨年6月には名証セントレックスに株式上場を果たしたという。
彼の印象は、理想に向かってしまう感情の大きさと、そこに何かとても大きな矛盾を抱えているためのエネルギーみたいなものだった。彼の取材が印象的だったのは、彼が在日韓国人であることをカミングアウトした上で取材に応じた直後だったからで、僕も慎重に自分を律しながら取材した。
僕自身は、周囲に差別問題が露出する環境で育っていないので、そういうことに鈍感であると思われた。なので、できるかぎりの想像力を使って、彼の抱えている思いを推測しようとした。もちろん「分かる」ものではないにしても、それしか彼の強い動機を理解するすべはなかったからだ。
「相手との相互不理解をどう解消するかがテーマだったんです。互いに違いを知って、他文化を認め合うためには、質問と回答、対話しかないと思った。でも実際は、頭のいい人達が国を運営してるはずなのに戦争一つ抑えられない。それは人類そのものがまだ幼いんだって考えると可能性がある。対話と理解で人類がもっと大人になれば・・・・。でも、その肝心の部分を、トラウマもあって説明できなかった。だからキレイごととしてしか伝わらない」(兼元氏)
事前の資料を読んで、彼の目標が「世界平和の実現」であることを知り、現在具体的にやっていることとの距離に違和感をおぼえた。そういう違和感を探っていくと、やがてその人のやむにやまれぬ動機なりテンションなりの根拠に行き当たる場合がある。僕は、兼元氏に対し、率直に自分の立場や思いを語ったと思う。彼も、正面から率直になろうとしてくれたのが分かった。
たった一度の、たぶん数あるだろう取材の中で、きちんと体重をかけて話してくれた手応えがあった。記事は、わりとイイ感じの質量感をもっていたと思う。最後に握手したとき、しっかりと力を込めてきた彼の体温の誠意を思い出した。
TV画面では、偶然だろうが回想にぴったりの雨が降り、兼元氏が寝泊りした公園を映していた。何の変哲もない公園だった。あれから会っていないけど、がんばってほしいな、と思った。
なつめ ふさのすけ
1950年、東京生まれ。青山学院大学史学科卒。72年マンガ家デビュー。現在マンガ・コラムニストとしてマンガ、イラスト、エッセイ、講演、TV番組などで活躍中。夏目漱石の孫。
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