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» 2007年11月17日 08時00分 公開

もう1つの温故知新:世界一奇妙?なサーバの現在・過去・未来 (2/3)

[池田冬彦,ITmedia]

アップルの暗黒時代

 1990年の末期。アップルは崩壊の危機を迎えていた。売り上げが低迷、そして大きな赤字を抱えていた同社は、Mac OSのライセンス提供、さらには、サン・マイクロシステムズへの売却など、アップルは存亡の危機にひんしていた。次期OSとして開発が進められていた「Corpland」も中止を余儀なくされた。

 Mac OSは1984年の初期リリース以来、ほとんどアーキテクチャーが変わらないままだった。驚くことに、Mac OS Xが登場するまでプリエンプティブマルチタスクさえ備えていなかったのだ。不安定で落ちやすく、「ビジネスでは使い物にならない」というイメージが固定化されてしまったのは残念である。

 このMac OSにはサーバOS版が存在した。「AppleShare IP Server」という製品である。Macクライアント環境向けの唯一のサーバOSとして利用されていたが、このベースとなるMac OS自体が技術的に進化しないため、サーバとしての安定性は今ひとつだった。また、企業情報システムが必要とするユーザー管理や共有リソースの管理機能が弱く、サーバOSとしての評価が低かったことは事実である。

画像 AppleShare IPサーバの設定画面。基本的にファイルサーバとWebサーバ機能がメインで、Windowsからのアクセスにも対応していた

 実際、1990年代の終わりごろ、アップルは新しいOSの自社開発を断念し、次期OSを外部に求めていた。驚くべきことに、Windows NTもその候補に入っていたという。そんなとき、瀕死のアップルに自社のNEXTSTEPの採用を提案したのが、スティーブ・ジョブズ氏だったというわけだ。

 それが元アップルの社員だったジャン・ルイ・ガゼー氏の「BeOS」との一騎打ちになり、カリスマ的なプレゼンテーションで役員の心をつかんだ、という逸話も残っている。1996年12月、アップルはNeXTを4億ドルで買収し、スティーブ・ジョブズ氏はアップルの暫定CEOとして復活した。これはまさしく、アップルの再生だった。もし、後継OSにWindows NTを採用するような道を選んでいたら、今ごろアップルはなくなっていたのかもしれない。

戻ってきたカリスマ

 アップルに返り咲いたジョブズ氏は、すぐに新しいOSの開発・リリースには着手せず、まずアップルの経営基盤の立て直しから始めた。

 最初にジョブズが行ったのは、斬新で魅力的なデザインのコンピュータを世に送り出すことだった。半透明のおしゃれな筐体を持つiMacやiBookは大きなブームを巻き起こし、アップルが窮地から脱したことを誰もが確信した。

画像画像 1999年のWorldPC Expo会場で披露されたiMac/iBookは大きな注目を集めた

 同時に、ジョブズ氏は新OS、Mac OS Xの開発を進めていた。2001年3月、最初のバージョンがリリースされ、同時に「Mac OS X Server 10.0」もリリースされた。これこそが、新生アップルの最初のサーバOSだった。しかし、Macをよく知る誰もが驚いた。これまでのMac OSの面影はみじんもなく、BSDサブシステムを備えた完璧なUNIX OSだったからである。

 GUIはさすがに洗練されてはいたが、古いMacユーザーの間に困惑が広がった。なぜ、自分のコンピュータを使うのにログインしなければならないのか。ホームディレクトリしか使えないのか。なぜ、アクセス権やユーザーアカウントを管理しなければならないのか……UNIXでは当たり前の仕組みを受け入れられず、Macを捨ててWindowsに乗り換えたユーザーも少なくなかった。

画像 Mac OS Xの「ユーザーアカウント」「ホームディレクトリ」というUNIXの概念は既存のMacユーザーを大いに混乱させた

 だが同時に、UNIXを知るユーザーからMac OS Xは大いに注目された。オープンソースの最新技術が投入されている上、UNIXサーバの管理手法がほぼ通用し、しかもFreeBSDやLinuxにはない、魅力的なGUIとアプリケーションを備えていたからだ。そしてMac OS X Serverは、2007年10月26日、最新鋭のLeopard Serverに進化した。クライアント版であるMac OS Xとともに、かつてないほどのメジャーアップデートを果たしたのだ。

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