はるかなる夢、あるいは未来への勝利Imagine Cup 2008 Report(2/3 ページ)

» 2008年07月14日 04時30分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

NISLabの「静」

中島伸詞君

 「今までは、無駄に過ごす時間が多かった」と話すのは中島伸詞君。主に実装部分を担当した彼は、日本大会、世界大会とソリューションを全面的に見直し、そのたびにアプリケーションの再開発が求められる中、開発者として慣れないWPFなども用いながら、濃密な時間を過ごしてきたと感じていたという。

 しかし無情にも、予想だにしなかった結果が突きつけられると、それまでの時間の使い方――開発に携わってきた期間だけでなく、日常の何気ない時間も含めて――が目的もなく無駄に浪費されていたのではないかと自問自答するようになった。

 「今思うと、本当にしんどかったのかなと思いますね。もっとできたんじゃないのか、忙しいを言い訳にしてるんじゃないのかと」と前山君も同じ思いを口にする。

 「もっと濃い時間を過ごしていきたいと痛感した」と中島君。提案するものは最初から世界を見据えたものにしておかなければならない。すでに彼の目には世界がしっかりととらえられているようだ。


松下知明君

 プロジェクトリーダーとしてNISLabを引っ張ってきた松下知明君。彼はStudent Day後、プレゼンテーションの素材として使う動画の撮影に精を出した。自分たちが考えたソリューション、そこに内在する夢を動画という形で可視化しようと考えたのだ。キャストなどにもこだわった。イメージに合う女性を捜し、出演依頼をする。気弱で引っ込み思案だった過去の彼はすでにどこにも見当たらなくなっていた。

 大きな夢がテクノロジーに包まれたアプリケーション、そしてそれを伝える動画、さらに英語による魅力的なプレゼンテーション。これがそろえば世界にも負けるはずがない。それが「伝説を作ります」発言へとつながったのだろう。

チームとして同じ感覚を共有、その背後で活躍したのは

 ここで冒頭の加藤さんの言葉をもう一度。「全力を出し切ったと思っていたが、やはり悔しい。『頑張ったね』なんて言われると悔しくて泣きそうだった」。この言葉が加藤君の口から出た後、中島君は「そんな様子をみて僕も泣きそうだった」と明かす。言葉にはしなかったものの、ほかの2人も同じ気持ちだったことだろう。数カ月に及ぶ戦いの中、時には衝突し、時には認め合いながら、個人として、またチームとして成長を遂げてきた彼ら。そうした経験を経て同じ感覚を共有するまでになった。

 そして、そんな彼らを我が子のように見守っていたのが、冒頭にも登場した小板隆浩先生。「わたしを含め、わたしの研究室はアウトローの集まりですよ」と小板先生は笑う。やる気はあるが、そのやる気をどこに向ければいいのか分からない、そんな学生に文字通り体当たりで接し、Imagine Cupにまで進ませる姿は、「ROOKIES」に登場する川藤幸一をほうふつとさせる。

 Imagine Cupソフトウェアデザイン部門の各国代表チームは、大学や政府機関と密に連携したソリューションを提案することも珍しくない。今回、マイクロソフトは試験的に企業メンターを取り入れ、産学連携の道を模索したが、世界を目指すなら、その構想段階から世界を見据なければならないことは今回のImagine Cupではっきりとした。企業メンターがその意義を最大化するのは、企画段階から参加することである。学生たちが構想をしっかりと固めた後で、企業メンターができることはごくわずかであるからだ。

 こうした産学連携の取り組みが実を結ぶのはもうしばらく先の話であろうが、今を戦う学生たちにはまた別の問題もある。在籍する大学からも十分な協力関係が得られないことだ。これは、大学として研究か教育、そのどちらに重きを置くべきかの判断がつきかねていることも暗に示している。大学の在り方が大きく変化しつつある中、同志社大学もまた、将来へのかじ取りを迫られている点では例外でない。

 「教育という観点で見れば、こうした大会に出場することは大変な意義がある」と小板先生。しかし、研究という観点で見れば、論文こそが実績であり、論文とひも付かないようなイベントに精を出したところで評価されないのだ。Imagine Cupのように、比較的長期間にわたって取り組むことが求められるイベントに参加することは、大学院生などにとっては一種の賭けとなる。自分がすべきことは教育か、研究か。小板先生は大学と学生の間で板挟みになることも少なくなかったようだ。

 修士論文とひも付かないというのなら、事前によく考えて修士論文とひも付くような取り組みを考えればよいのではないか、小板先生はそう考えている。教育と研究のバランスを模索しながらのImagine Cupだったのではないだろうか。

 卒業予定の松下さんを除く3名は来年もImagine Cupに挑戦できる。「帰国したらすぐ、加藤君や中島君の修士論文のテーマを(Imagine Cupと)ひも付けていくための話し合いをしないと」と小板先生。そしてそれをうれしそうに聞くNISLabのメンバーたち。一方では大学側と意識のすりあわせを図りつつ、一方では学生を鼓舞する。神経の細るような取り組みを続けた先生は学生と苦楽とともにしてきたといってよいだろう。だからこそ、学生もついてくるのだと思わざるを得ない。Imagine Cupは学生だけのものではない。そこに関連する人それぞれにドラマを感じた。

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