経営者と従業員による内部不正の現実IT利用の不正対策マニュアル(1/2 ページ)

数多くの企業や組織の不正事件調査に携わった萩原栄幸氏が、内部不正を防ぐためのノウハウを紹介していきます。

» 2010年06月01日 08時00分 公開
[萩原栄幸,ITmedia]

 わたしは、10年以上前から情報漏えい事件の調査や組織のセキュリティ対策の支援を手掛けてきました。その経験から、企業や組織での犯罪は8割近くが内部不正ではないかと感じています。ほかの専門家や調査会社からも同様の統計結果が発表されており、内部不正が企業や組織にとって深刻な問題であると痛感しています。本連載は企業や組織の内部不正について、特にITが関係する不正の危険性を取り上げ、対策を紹介していきます。

内部不正に目を向けない経営者

 10年ほど前まで、わたしがこうした事実を紹介すると、一部の企業経営者やセキュリティ業者から非難を受けることがありました。「うちの従業員に悪さをする人間はいない」「報道を見ても内部犯罪は1割にも満たないじゃないか」と言われたこともあります。しかし、今ではそのような非難をする方は現実を知らないと思います。

 ほんの数年前まで、わたしが事件関係者として出向いた事案の大部分が外部に公開されることはありませんでした。自社の恥部をわざわざ公開したくないというのが会社の立場です。騒ぎが起きないよう関係者に口止めをして、おとなしくしていればそのうちに忘れ去られる……しかし、それで本当に良いのでしょうか。内部不正を防ぐための本質的な改善策を実施できなくなります。その結果、有名な企業で発生した幾つも事件が社会的に大きく取り上げられ、企業としての信用が失墜してしまいました。

 特にIT企業では、原因の根が深く、発見しづらい性格を持った内部不正事件が発生しています。経営者が犯罪に関与した場合、巧妙に隠ぺい工作をしている事件が多いようです。産業としての歴史が浅いIT業界では、ベンチャー企業から急成長して上場をしたケースが数多くあります。一部の企業は、設立からわずか数年しか経っていないため、上場で多額の資金を獲得しても経営者や従業員の意識が伴わず、経理の考えが甘いままに不正事件の当事者になりました。経営の透明性が確保されず、公認会計士が関与していた事例もあります。

 多くの事件が税務署や警察などの外部圧力によって暴かれました。犯行自体はとても稚拙なものが多いのですが、急成長によって会社が巨大になったあまり、社会に大きな影響を与えることになったのです。しかし、不正を行ったIT企業の経営者たちは、自分たちの会社が社会に与える影響に気付くことなく、愚かな行為に及んだと思われます。

内部不正を働く従業員

 内部不正の中身は、1)経営者が関与するもの、2)一般従業員だけで行われるものの2つに分けられます。新聞などで騒がれる事件のほとんどは1の場合です。これは2のケースとは異なり、税務署や検察などが強制的に事件を公開するので、マスコミが取り上げます。

 しかし、わたしの経験では圧倒的に多いのが2のケースだと言えます。仮に従業員が10万円を着服する不正をしても表面化しません。この従業員が芸能人の家族だといった話題性が伴わないと、記事として公にはならないでしょう。一方、1のように著名な経営者が何十億円も私腹を肥やしていたとなれば記事になるわけです。内部不正の実態と報道で明るみに出るケースが大きく異なることを、ぜひ理解していただきたいと思います。

 本稿の冒頭で企業や組織の犯罪は8割近くが内部不正だと紹介しました(企業に出入りする外部関係者も内部として扱います)。金銭が関係するかどうかという視点でみてみますと、脅迫や詐欺などの事件に比べて内部不正は1件当たりの金額が少額です。特に2のケースでは、金銭が関係しないものもあります。

 内部不正の事例を幾つか紹介しましょう。(詳しい内容は過去の連載記事一覧よりお読みください。)

  • 事例1……LAN上のメールをすべて盗み見していた女性従業員
  • 事例2……部長になりすまして評価を盗み見した営業マン
  • 事例3……1セント以下の預金利息の端数を特定口座に加算していた米国金融機関のプログラマー
  • 事例4……社内の供用インターネット端末でわいせつ画像を見ていた取締役

 内部不正の中でも、経理の不正処理による横領事件は報道されることがあります。しかし、実際には事例で挙げたような行為が内部不正の多数を占めているというのが事実です。わたしが携わった事件では、罪を犯した人間から「なぜこれが犯罪なのか?」とどう喝されることもありました。日本にはまだ「情報窃盗罪」というものがありません。世界的には情報を盗むことが犯罪行為だと認識されています。日本は文化的にもこの意識が世界に比べて希薄だと言えるでしょう

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