国民的のど薬とも言える「龍角散」を提供する、龍角散の藤井社長は、経営の意思決定をより迅速にし、製薬会社としての社会的責任を果たす見地から、ERPの導入を図ったという。
秋田・久保田藩(藩主、佐竹侯)の藩薬にその由来を求められるのど薬「龍角散」は、明治維新を経て広く一般に販売され、国民的な常備薬としての地位を占めるようになった。「ゴホンといえば龍角散」のキャッチフレーズを馴染み深いと感じる読者も、多いのではないか。
龍角散は、そのまま運営会社である龍角散の社名ともなっており、今ではスティック型やタブレット型、そしてトローチやガムなどの様々な形態で、製品を提供している。
龍角散の代表取締役を務める藤井隆太社長は、「龍角散はわたしで8代目を数えますが、これまで1代たりとも、先代と同じことに捉われていません。常に新しいチャレンジを続けてきました」と話す。
時代に即した取り組みを続ける藤井社長の姿勢には、伝統的な中堅企業におけるIT活用という視点でも、学ぶべきものがあるようだ。前回に続きタレントの江口ともみさんが迫る。
江口 龍角散はわたしの祖母が愛飲しており、小さなころからそのすっきりとした香りが好きでした。今でも龍角散ののど飴を、いつもバッグに入れていますよ。「新しいチャレンジを続けてきた」というお話ですが、具体的にはどのようなことがありましたか?
藤井 藤井家は久保田藩の御典医を務めましたが、それだけでは全国の皆さんに龍角散をしっていただくことは難しい。そこで先祖が本家自体を、当時の江戸(現在の神田地区)に移しました。テレビCMについても、他の製薬会社が取り組む前に、いち早く開始しました。当時は「こんなことにお金を使ってしまって、龍角散も終わりだ」と言われることもあったようですが、結果として龍角散を「ナショナルブランド」に育てられたと考えています。
江口 海外にも展開しているようですね。
藤井 東アジア、東南アジア圏を中心に提供しています。実は、海外向けの龍角散パウダーは、国内向けの5倍の出荷量があるのです。台湾では“ロンチャオサン”、韓国では“ヨンカクサン”として、昭和初期から親子二代、三代にわたって親しまれています。龍角散を自国の薬だと思って愛用している方も多いのではないでしょうか。
先ほどの“新しいチャレンジ”にも通じる話ですが、龍角散の処方も時代に合わせて変えています。従来は“せきは体力を消耗する”という考えから精力増進を図る成分を加えていましたが、現在は昔と違い、他の手段で体力を維持できますから、植物由来の成分、今ふうに言いますとハーブのみを処方しています。
製品の形態も、現代は服用者のライフスタイルも多様化していますから、パウダーだけでなくアメやスティック(製品名:龍角散ダイレクトスティック)といったものを提供しています。
江口 なるほど! そのおかげでわたしも、バッグに龍角散を常備できるわけですね。ところで龍角散は製薬会社であり、国民の健康を担う立場だと思います。その上で藤井社長はどのような理念を持っているかについて、教えてください。
藤井 大切なのは「余計にもうけない」ということです。皆さまの健康を担保して金もうけをするなんて、とんでもないことです。実際のところ薬は、薬事法という大変に厳格な法律に基づき提供されますから、もうけようとしてできる商売ではありません。
例えば、店頭で販売しているせき止め薬の製品パッケージは、黒地にバツ印をあしらったものにしています。この薬は、効き目は良いのですが、少量の麻薬成分を含んでいるからです。営業からは「社長、このデザインでは売れませんよ」と言われましたが、わたしとしては、そんなにたくさん売れては困るのです。一時的な金もうけに走っては、消費者の信頼を失ってしまいますから。
江口 大切なのは、常に消費者、そして患者さんの目線でいるということですね。
藤井 はい。例えば龍角散では、「嚥下(えんげ)補助製品(薬剤の飲み込みを容易にするゼリー)」を提供しています(製品名:おくすり飲めたね)。この製品も社内から「数が出ない、売れない」という声が上がりましたが、わたしはとても社会性の高い製品だということで、こだわりを持って提供しています。
一般には、薬は水で服用するものとされています。しかし人間ののどは、固形物と水分を同時に飲み込むようにはできていません。ですから水で錠剤を服用しようとすると、水だけ飲み込んでしまい、「薬が飲め込めない……」という事態が起こります。
若い方なら、それでもなんとかなりますが、乳幼児や老人のように、嚥下(えんげ)する力が弱くなっている方は、薬を飲めないだけでなく、無理に飲み込もうとすることで嚥下(えんげ)性障害を起こすことがあるのです。
そのため老人介護施設では、薬をすり潰して食事に入れます。ですが薬は苦い。そのためお年寄りの食欲を損なってしまいます。龍角散の嚥下(えんげ)補助製品を使っている施設に伺ったことがあるのですが、その際、入居者の食欲が増したということで、とても喜ばれていました。
食事は食事、薬は薬。食事を楽しめれば、気持ちも体力も向上しますよね。このようなQOL(クオリティ オブ ライフ)を支えるのが、製薬会社の使命です。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.