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デスクの上にペルソナを――UX向上の取り組みユーザー本位の開発のために(1/2 ページ)

ソフトウェア開発の場で注目を集めつつあるUX(User Experience)。UXを意識した製品開発についての取り組みを日立UX設計部の守島氏に聞いた。

» 2012年05月11日 08時00分 公開
[白井和夫,ITmedia]

(このコンテンツは日立「Open Middleware Report vol.58」をもとに構成しています)

機能、性能から体験、感動へのシフト

 近年、ITシステムを構成するさまざまな製品・サービスで「UX」が注目されるようになってきた。UXとは「User Experience」の略で、製品やサービスを利用する際に、楽しさ、心地よさなどの「経験」や「体験」をユーザーに感じてもらおうとする考え方である。UXが重視されるようになった背景を、日立製作所 UX設計部 部長の守島浩氏は次のように説明する。

日立製作所 UX設計部 部長 守島浩氏

 「これまでソフトウェアやハードウェアは、機能がどれだけ網羅されているか、性能がいかに高いかに重点を置き、開発されるケースがほとんどでした。携帯電話もIT機器も、以前は使い切れないほどの機能を搭載し、分厚いマニュアルを添付したものが主流となっていたはずです。いわば、ベンダー視点での開発をしていたのです。しかし、お客さまの意識が徐々に変化し、その製品を使うと仕事が楽しくなる、やりたかったことが簡単に実現するといった「体験」や「感動」に大きな価値を見出し始めてきたのです」

 従来、ユーザーはベンダーから提供されたシステムに従うしかなかった。しかし、これからはシステムがユーザーに歩み寄っていかなければ導入してもらえなくなる時代になると守島氏は訴える。

 「UXを重視しない製品はコモディティ化の波に呑み込まれ、いずれ競争力を失ってしまいます。弊社ソフトウェア事業部ではそういった危機感と将来予測を背景にUXの専門機関となるUX設計部を2009年に立ち上げました。そこから“お客さまの業務”視点に立ってものづくりを推進していくUXアプローチを開始したのです」(守島氏)

 日立グループでは1990年代からデザイン本部を中心に、製品・システム・サービスの開発においてユーザビリティやUXデザインに注力してきた。UX設計部ではこれまでに蓄積された知見や技術も活用しながら、ソフトウェア開発に実際に関わる立場としてUXを適用させる活動をスタートさせたのである。

開発プロセスの改善に向けて組織改革も

 UX設計部が目指すのは、UXの本質的な理解に基づいた開発プロセスの改善・実装だ。その範囲は「商品企画」「製品開発」「販売/拡販施策」「保守サポート/サービス」にまで及ぶ。

 製品のライフサイクルのほぼすべてを網羅することになるが、これは価値ある体験を提供するには、ユーザーが持つ潜在的な課題やニーズの掘り起こし、購入時の意思決定、メンテナンス性やマニュアルの読みやすさなど、すべてのポイントで最適かつ一貫性を持ったUXが必要であるという理念に基づいている。

 日立では、社員全員が「ユーザーの気持ち」を重視することを徹底していると守島氏は語る。

 「これまで、ものづくりの現場では“機能と性能”“納期とコスト”などが設計/開発プロセスの中心にありました。われわれはそれを“お客さまの使い勝手や感動”を中心に置く形へ変革しようと考えたのです。その実行力を生み出すには、社員一人ひとりの意識変革だけでなく、組織自体の改革も必要でした」(守島氏)

 個人の意識をいくら変革しても、組織が旧来型のルールで運用されていては機能不全に陥ってしまう。そこでUX設計部は、社員に対する啓発活動としてのUX教育プログラムの実施や講演会に加え、各部門のリーダーとなる本部長や部長といった幹部社員に対しても、UXの実践に必要な課題を共有・議論させるワークショップを開催。UXの浸透を妨げる開発ルールは改善し、形骸化したプロセスも排除されていったという。

ユーザー調査を重視しより高いUXをめざす

 開発プロセスも大きく変化したという。これまで開発現場では、仕様書による定義を厳格に適用しながら各フェーズを推進していくウォーターフォール型が主流を占めていた。

 だが、UXを実現するための開発プロセスではシステムを利用する人間の行動特性や認知特性にも着目しながら、評価・改善を反復することが求められる。そこで新たなUX開発プロセスでは、これまで主に市場動向と保有技術の観点で行われていた「商品企画」の前段に、利用者の観点を盛り込むための「ユーザー調査」が追加された。また設計フェーズでも、ユーザー業務の流れを詳細なシナリオによって可視化する「ユースケース設計」が設けられた。この「ユースケース設計」を反映した「外部仕様設計」と「開発・テスト」までを、必要に応じて何度も反復することで、より高いUXを実現し、ブラッシュアップを図っていく。日立ではこの設計手法を「ユースケース駆動・反復型開発プロセス」と呼んでいる。

UX開発プロセス

デスク上でペルソナを常に参照する

 UX開発プロセスの出発点となる「ユーザー調査」「商品企画」ではどのような作業が行われているのだろうか。

 「これまでも、お客さまやパートナーさまの声を聞くことなしに商品企画を進めてきたわけではありません。しかし、こんな機能が欲しい、ここを改善したらどうかという個別の指摘に応えるだけでは、利用者にUXを提供する抜本的なアイデアにはつながりにくい。むしろお客さま自身が気づいていない潜在的な課題やニーズをいかに引き出すか、さらには、新たな経験をいかに生み出すか、それを製品に反映できるかが重要なポイントとなってきます」(守島氏)

 これを実現するため、ユーザーの作業現場を観察し、ユーザーがどのような環境でどのような業務を行っているかを調査することで本質的なニーズを明らかにしているという。

 製品開発で最も重要なユーザー像の理解に役立つのが、象徴的なユーザーをモデル化した「ペルソナ」である。名前、年齢、職位、利用しているシステムや業務内容、仕事に対する意識、ポリシーなどが詳細なプロフィールとして記載されたペルソナは、開発チーム全員がいつでも見られるようにポップとして会議室やデスクの上に置かれている。ペルソナを参照することで、上流から下流工程まで製品開発に携わる関係者全員が、どのような製品を誰に向けて開発していけばいいかが明確になるのだという。

開発関係者のデスクに置かれている、ペルソナの名前や顔写真、価値観などを記したポップ

 日立のUX開発プロセスでは、ペルソナと最新の市場・技術動向を起点に、それぞれの専門部署がワークショップを通じて新製品のアイデアや仮説を立案していく。同時に、対象ユーザーが直面するさまざまな課題への解決策をどう実現していくのかをテストマーケティングやインタビューなどで検証しながら、商品企画のコンセプトとプロトタイプを作成する。ここで得られたユーザーの業務/運用実態のシナリオが「ユースケース設計」へと集約され、その後に続く「外部仕様設計」や「開発・テスト」においても、進むべき方向性を示す羅針盤の役割を果たすのだという。

 「ペルソナやユースケースを早い時期に展開することで、ターゲットとなる利用者像を明確に理解し指標化できるため、迷走することなくコントロールしやすい設計が行える。最初にペルソナを作ることで結果的にはより早く、質の高いUXを実現した製品をお客さまに提供できると考えています」(守島氏)

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