国内では日本は閉塞していると思われがちだが、実は世界から見れば、日本こそ今最も注目されている国のひとつだ。少子高齢化をピンチではなくチャンスと捉え、それを乗り越えるためにはITの進化がカギとなる。
スマホ、クラウド、ビッグデータが注目されITの進化は日々、速度を増している。では、ITの進化は私たちの生活やビジネスをどう変えていくのか。今回、日米を跨いで起業家・ベンチャー投資家として活躍する齋藤ウィリアム浩幸・インテカー代表に話を聞いた。
齋藤氏は、YouTube、LinkedIn、テスラ・モーターズを生み出した、いわゆる“ペイパルマフィア”に繋がる数少ない日本人であり、ダボス会議(世界経済フォーラム)のボードメンバーでもある。日本でも、内閣府参与として科学技術・IT戦略に係わるなど、世界のITトレンドの最先端を知り尽くしている人物だ。
齋藤氏は日本は今こそチャンスを迎えており、情報データやセキュリティの進化の先に新しい未来が見えると語る。
齋藤ウィリアム浩幸
1971年生まれ。米ロサンゼルス出身の日系2世。16歳でカリフォルニア大学リバーサイド校に合格。同大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部卒。10歳からソフトウェアのプログラムの仕事を始め、大学在学中にI/Oソフトウェアを設立。指紋認証、生体認証暗号システムの開発に成功。2005年にベンチャー支援のインテカーを設立。11年ダボス会議(世界経済フォーラム)の「ヤング・グローバル・リーダー」のメンバーに選出される。その後、ボードメンバーに就任。ハーバード大学ケネディスクールが主催する政財界トップを集めた「グローバル・リーダーシップ・アンド・パブリック・ポリシー」プログラム招聘。2013年より内閣府参与科学技術・IT戦略担当。
―――日米のITの現状を比べるといかがでしょうか?
齋藤 日本のIT戦略実行具合は、米国と比べて数年遅れていると言われています。ゲームで稼ぐという点では、日本は確かに世界ナンバーワンですが、ビジネスの汎用性が高いクラウド、サイバーセキュリティは明らかに弱いですね。
とくに現在のサイバー攻撃は情報を盗むだけではなく、その対応が企業の評判にもかかわってきます。もしサイバー攻撃のリスクがあれば、「情報が漏れるのではないか」「だから日本の企業と提携したくない」という懸念を持ってしまいがちです。現実に、日本企業とはお付き合いを遠慮したいというところも出てきています。
しかし、日本の企業は、アメリカの企業に比べて、サイバー攻撃の対象がどこまで広がりをもつものなのかを理解しておらず、楽観的な考え方が散見されます。
あるアメリカの大手メーカーでは、下請けまで含めてサイバーセキュリティが堅牢なため、提携先の弁護士事務所などを狙って本体への攻撃を仕掛ける事例が起きています。
日本もこれからは総合的な視点から見たサイバーリスクのポリシーを持つことが必要だと思います。
―――なぜ日本はそれほど遅れているのでしょうか?
齋藤 日本はモノばかりに目がいってしまい、目に見えないソフトウェアに価値をおかない傾向があります。例えば、iPhoneの本当の付加価値とは形ではなく、ソフトウェアにあります。ソフトをクラウドで連携し、シームレスに行うことができるのはソフトの力です。今はハードウェアでお金儲けをしようとしても、すぐにコモディティ化してしまいます。
これからの時代、「便利にする」「面白くする」「お金儲けをする」というのはソフトウェアの世界なのです。日本はモノづくり意識が強いため、箱づくりばかりに目がいって、ソフトのバリューに関しては、日本企業は世界基準から見てまだまだ上を目指す余地があると言えるでしょう。
―――日本で注目されている分野はありますか?
齋藤 皆さんは、急速な少子高齢化が日本にとっての大問題だとよく言いますが、それこそ日本のチャンスになると思っています。
私はピンチはチャンスだといつも言うのですが、ここ20年、日本は苦戦する一方、ロボット開発や遠隔からの老人介護など、苦労しながらもさまざまな問題を解決しようとしています。
あと10数年経てば、中国、韓国、そしておそらく米国も日本と同じ問題を抱えることになるのです。日本はそのころには少子高齢化に対応した様々なサービスをつくり上げていなければならない。それが日本の次の輸出産業につながっていく。投資家はそこをサポートしていかなければならないと思っています。
―――投資家の観点から、どこに目をつけていますか?
齋藤 ITは電気がないと話が始まりません。電気ですと発電、送電、蓄電がありますが、現実的に手がけたいものは蓄電です。とくに電池はこれからもっと小さくて長持ちしなければなりません。そして、もうひとつがサイバーセキュリティです。ITがここまで発展したのは、サイバーセキュリティの進化があったからです。
しかし、現状ではパスワードの限界がある程度見えていて、崩壊寸前にある。そこをどう違うものに変えていくかがポイントだと思っています。例えば、高齢者がパスワードを使わずに、どう認証することができるのか。それらが課題になってくると思います。
―――世界はもう日本市場に魅力を感じていないとの見方もあります。
齋藤 今年のダボス会議を振り返ると、むしろ日本は非常に注目されていました。日本はまだGDPで世界第3位です。そこは無視できないということです。
世界的な経済状況を見れば、ヨーロッパには不安定要素がくすぶっているし、東南アジアはまだまだ発展途上、アフリカ・中東も不透明さが否めない。もちろん日本にもさまざまな問題がありますが、もう一度日本を見直すべきだという意見も多数あるのです。
安倍首相が日本の首相として初めて基調講演をしたことも大きかったですね。しかも英語のスピーチが良かった。面白かったのは、主催者のシュワブ会長が、同時通訳を聴くためにヘッドフォンをつけようとしたのですが、英語で話すとわかって、はずしたことです。安倍首相の英語のスピーチに世界のリーダーたちが非常に高い関心を示したことも大きいでしょうね。
―――世界における日本メーカーの存在感はまだありますか?
齋藤 2050年にアジア地域が世界のGDPの半分を占めるだろうと言われています。その中で、日本という国は、世界からみれば、アジア地域で最も好かれている国で、一緒にビジネスをしたいという話をよく聞きます。
私のところにも日本でビジネスを展開したいという相談が一昨年に比べ、圧倒的に増えています。とくにこの1年半で、これまでアメリカにいっていた話が、日本に来るようになったのです。
しかも元CIA職員スノーデンの暴露によって、アメリカのITベンダーは信用を失ってしまいました。その意味で、日本は今がチャンスだと思います。日本の技術力が高いことはどこでも認められているので、合弁・提携などの話がとくにIT分野で多くなっています。
―――ここ数年、日本は悲観的でネガティブなマインドに支配されていました。
齋藤 日本は、教育水準も高く、世界に誇る技術力もたくさん有している。グローバルに展開する力を十分持っています。
日本人が日本国内だけを対象に商売していても、マーケットが小さくなるのは当然です。世界の人口に占める日本の割合は約1.7%であり、あと数十年すれば1%を切る。にもかかわらず、なぜ1%のマーケットのために、こんな苦労をしなければならないのか。私にはよくわかりません。
むしろ、世界はもっと日本が外に出てきてほしいと思っています。海外に行くということが非常に大事であって、そこには多くのニーズがあるのです。
―――その意味で、今日本ができることは何でしょうか?
齋藤 例えば、日本では3Dプリンターが最近話題になってきましたが、もともと日本で開発された技術がアメリカで製品化されたものなのです。
この3Dプリンターを使えば、いろんなバリエーションの部品がつくれます。しかも、つくった部品がほとんどタダ同然という世の中になってきており、これから面白いビジネスモデルが出てくると思っています。
その意味で、もともと日本はモノづくりが強いのですから、そのDNAを3Dプリンターに活かすことがたくさんあると思うのです。
例えば、海外の航空機メーカーでも、古い航空機のパーツは手に入りにくい。とくにトイレのパーツは壊れやすいので、今は3Dプリンターを使って古いパーツを印刷しています。F35(戦闘機)では、900以上のパーツが3Dプリンターでつくれるようになっていると聞きます。
そこまで精密になっていくと、もう情報の固まりです。そのうちパーツの著作権を管理して守らなければならないことも起きてくるでしょう。こうした課題を少しずつこなしていけば、新しいビジネスモデルになると考えています。
―――これからのITの進化には何が必要なのでしょうか。
齋藤 皆さんがよく勘違いされるのは、インターネットというものが、ここ20年くらいのもので、ウェブ、クラウドも最近の出来事だと思っていることです。
60年代に開発されたARPANET(アーパーネット)と呼ばれるネットワークがインターネットとして、世界中の皆さんが使えるようになったのはなぜかといえば、理由は一つ。サイバーセキュリティが進化して初めて、安全性が確保され、ビジネスツールとして一般的に普及できたからです。
ただ、もともとインターネットは情報の自由な交換の場であり、あえてフリーで、セキュリティもありませんでした。私が高校時代に使っていた頃には、ある特定のコードを入力するとビル・ゲイツのメールアドレスを調べることができるような時代だったのです。
ITの進化とは、セキュリティの進化によって進展したと言えるでしょう。それによって、クラウドといったインターネットを介したサービス提供も可能になりました。ただ、セキュリティの観点で見ると、パスワードはもう限界に来ています。どんどん面倒臭く、わかりにくくなっています。
クラウドの膨大なデータを実際に利活用するためにはセキュリティの強化も同時に重要になってきますが、セキュリティ自体の強化に加えて、なおかつ使いやすくなければならないのです。
―――現状のITビジネスで注目されているものは何ですか?
齋藤 今「Internet of Everything」という言葉が注目されています。どんな家電からでもデータを吸い上げて、その情報をいかに生活に役立てるのかというものです。
最近、私の友人がつくった温度センサーのベンチャーがグーグルに買収されたのですが、それは部屋の中の気温を人に合わせたり、この人だったら、この温度が好きだという情報データを集めて、集中管理をして電気をとめたり、冷暖房を切り替えるといった個人に最適化された環境を提供するサービスモデルでした。
こうしたセンサーが家中に普及していって、そのデータを全部通信で集める。それを分析してどう使うのかが今注目されているのです。
日本企業にとってもチャンスだと思うのです。そもそもセンサーは安価ですから、つけやすい。これを高齢者の遠隔管理などに応用して、高齢化社会に対応していけばいいと考えています。
普通のスマホでも今では17個くらいのセンサーが入っています。でも、その情報を吸い上げているかといえば、ほとんどしていない。これをプライバシーを守りながら、どう吸い上げて、うまく日常的に使っていくのか。それがこれからのビッグデータの課題になっていくと思います。
―――集めたデータをいかに活用するのか、ヒントはありますか?
齋藤 ネットワークのパワーは1+1=3になることです。データを引っ張ってくるだけでなく、どうつなげるのか。それをいかに安全に活用できるかがこれからのビジネスです。
例えば、あるクラウドサービスでは、自分の持っている情報をデータとして打ち込むことで、個人用のミニビッグデータをつくることができます。それを使って営業レポートをつくろうとすると、自分でも気づかないようなことを何でも教えてくれます。「このお客様に対してまだリクエストに応えていない」「このお客様はやめたほうがいい」などと分析力がすごい。クラウドにある膨大なデータと自分のデータとを比較してくれるのです。
クラウドは自分の資産であるデータを預けるということですが、日本ではなかなかコアな情報を出したがらない。私がときに日本の文化で抵抗を感じるのは、誰かを紹介したり、名刺を共有することをすごく嫌がることです。
アメリカなら、ビジネスの全部の情報を一括で共有しようとします。違う担当者が同じ会社に何度も営業をかけるのは、あまりにも非効率です。
ビッグデータも会社の縦割り構造の中ではうまく機能しません。ビッグデータの強みを生かすためには情報データをフラットにすることが大事で、それこそが日本の多くの組織に今必要なことなのです。
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