作業を開始してすぐに気が付いたのは、チトセが何か変更作業を行う場合、何度もディスプレイに向かって指をさし、対象の操作を声に出すことだ。
「このSQL文は、このテーブルに向けて操作をします。で、日付は今日、時刻は19時以降での処理を対象としています。この操作を、運用データベースに向けて行います。ログインホストを確認。間違って操作してもデータは待避済みなのでOK。では実行します」
(指差喚呼か。車掌みたいだ…)
「栗平さん、あの、すいませんが、確認したら返事していただけますか?」
「え、あ、あぁ、はい。分かりました。すいません。モニタに向けて指さし確認してるの見たことなかったので」
作業をしながら聞いた話では、チトセもプログラムを書いていただけのころは、指さし確認はしていなかったらしい。開発時点では、環境や操作の間違いはそれほど気にすることは無い。しかし、顧客先の運用系システムは多種多様だ。自動処理が想定されていないシステムの復旧作業で、稼働している運用系が複数あったり、似た名前や設定情報のシステムもあったりする。かつてチトセは、誤って操作する必要のない正常システムに再起動コマンドを投入したという苦い経験があるそうだ。
「そのときは、あー終わったー、って思いましたよ。でも、利用していたアカウントに操作権限がなくて、たまたま実行ができなかったんです。開発してるときって、さまざまなアカウントに管理者権限を付与してたりするじゃないですか。まあ、開発されないから分からないかもしれませんけど。あのとき、運用設計を理解してシステムを作るっていう意味が少し分かった気がします。0時5分になりましたね。では、次のステップを順次実施しましょう。この手順です」
「あ、はい。手順7以降ですね」
ケンイチは、自分が納得したことには良くも悪くも影響を受けやすい気質だ。指さし確認なんて恥ずかしいなぁ、と最初は思ったのだけれども、その理由を聞き、あまりにも自然に繰り返し確認しているチトセを見て、今度は自分のことを恥ずかしく感じた。運用のプロはどっちだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.