第12回 「下町ロケット」で理解する機密情報の管理とは?日本型セキュリティの現実と理想(1/2 ページ)

池井戸潤氏の直木賞受賞作品「下町ロケット」を原作としたドラマが大ヒットしている。ドラマでは「死蔵特許」という特許情報の位置づけや取り扱いと情報セキュリティにおける機密性が良く似ている。今回は情報の取扱いの重要性について「下町ロケット」を例にひも解く。

» 2015年12月03日 07時30分 公開
[武田一城ITmedia]

運命を切り拓いた「死蔵特許」

 「下町ロケット」(小学館刊行)は2011年の直木賞受賞作であり、今最も売れる作家の一人である池井戸潤氏の代表作だ。題名からもある程度分かるように、下町の町工場がロケット打ち上げを実現するまでのサクセスストーリーを描いている。原作はミリオンセラーになり、テレビドラマの視聴率も絶好調のようである。ご存知の方も多いと思うが、まずはご存じない方のために物語の概略を紹介したい。

 主人公の町工場の社長は、元々宇宙事業の研究者として先進的なロケットエンジンを開発してきたが、ロケットの打ち上げに失敗して研究機関を追われてしまう。実家である従業員200人ほどの町工場の後を継いだが、夢を諦めることなく研究を続ける。その過程では本業ではないロケットエンジン開発で資金がひっ迫したり、メインバンクの貸し渋りやライバル企業からの特許侵害訴訟に直面したりしてしまうが、最後はこうした難局を乗り越え、夢を実現していくストーリーだ。

 これ以降の内容は本記事の主旨から離れるので割愛させていただくが、ストーリーが気になる方はぜひ書籍を読んでいただくか、ドラマをご覧になってほしい。私も毎回欠かさずドラマを見ている非常に楽しめる作品である。

死蔵特許と機密情報の類似性

 さて、ここからが本題である。物語の中で「死蔵特許」とからかわれた社長考案の特許は、特殊な技術で、用途も限定されている。全く価値の無い情報だと思われていた。もちろん、特許申請済みなので権利自体は保護されていたものの、そもそもこの情報の価値を認識していないため、物語の序盤で特許の申請内容が不十分であることを弁護士に指摘されてしまっている。その指摘に沿って再度特許を申請したことで、ようやく情報の重要性が認識されたのだ。

 なお、この件は特許に関する専門化からすると特許の再出願などのプロセスがおかしいという意見もあるが、そもそも小説やドラマの話なのでその部分はご容赦いただきたい。

 この例は、情報の重要性を再認識し、管理し直したことによって、きちんと権利を守ることに成功したケースだ。しかし、企業や国家機関における機密情報の取り扱いにおける管理では重要性を認識して行われているのだろうか。

 そもそも機密情報は、発生した瞬間から「機密情報」という扱いを受けることが難しい。読者の中には、自分の会社では機密情報の管理規則などがあって、それをベースとして管理しているから問題ないと考えている方もいるかもしれない。しかし、機密情報はその組織が把握しているものだけが全てではない。例えば、研究の一つのアイデアが結果的に世界を揺るがす画期的なものになるかもしれないし、逆に全くダメなこともあり得るだろう。発生した時点では価値が定まってないのだから、その重要性を認識することが難しいのは、むしろ当然とも言える。

 つまり機密情報とは、この下町ロケットの死蔵特許と同じように、誰かが高い価値があると決定し、機密情報と定義されて時点から初めて管理されるのだ。それができないと、実は大きな富を生む可能性のある重要な情報がみすみす放置され、他の誰かがそれに気がついたタイミングでは誰かに利用されてしまいかねない。

機密情報と個人情報の違い

 下町ロケットでは機密情報の管理を見直したことによって、僅差で権利や利益を守ることができた。しかし現実の世界において、これと非常に良く似た性質を持つ機密情報が将来に価値を生む可能性も含めてしっかりと管理され、機密レベルの見直しなども定期的に行われているかどうかなどは、非常に不安だ。

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