虎舞秀人(とらぶる しゅうと)と栄喜陽潤(えいきょう じゅん)が、コーヒーを飲みながら話している。
「潤、聞いたか? イベントの話」
虎舞は確認するように栄喜陽に聞く。
「はい、掲示板でも見ましたが、さっき、つたえからも話を聞きました。つたえ、朝一で小堀(こぼる)さんに聞きに行ったそうですよ」
虎舞は先を促す。
「小堀さんに? なんでや?」
栄喜陽が説明する。
「このイベントがどんな感じで行われるのかを聞きに行ったそうです。小堀さんが言うには、事前にWebやマスメディアで大きく発表して、同時に入場者の申し込みを受け付ける。六本木の華やかな場所を会場にして、最初からどーんとアドバルーンを打ち上げるって言っていたそうです……すみません、ちょっと分からなかったのですが、『アドバルーンを打ち上げるって』どういうことですかね? つたえに聞いても、知らないと言われました。小堀さんは、それを言ったときはそっくり返るくらいに胸を張っていたそうです」
虎舞は言う。
「潤は、今年幾つや?」
「24です」
虎舞は斜め上を見上げて言う。
「24か。じゃ、しゃぁないな。つたえも確か23くらいか。知らんでもおかしくない。俺が28なんで、ギリ知っているあたりかもしれん。アドバルーン言うんは、デパートの屋上からおっきな気球みたいんの上げて、そこに広告を出すやつや。遠くからも目立つんで宣伝効果としてはボチボチあったもんや。昭和の遺物やで。おっさんの年代やと、派手に発表するときにそういう言い方をするんかもしれんな」
栄喜陽は関心しながら応える。
「あー、デパートだったら、国際通りの真ん中あたりにもありました。ただ、気球が上がっているのは見たことないですね。ところで、虎舞さんのところの大阪では、今もそれ、見ますよ。昭和で止まってるんですか?」
虎舞はすかさず会話を遮断するように言った。
「やかましいわ! 大阪人は派手なのが好きなだけや!」
セキュリティオペレーションセンターに隣接している会議室にて、深淵大武(しんえん だいぶ)と見極竜雄(みきわめ たつお)が会話している。全社に配置されているセキュリティ機器の状況や、全世界のセキュリティインシデント発生状況をリアルタイムにディスプレイで表示している監視ルームとは違い、ここは至って普通の会議室だ。
深淵が見極に報告を始めた。
「先ほどメイから、今日の午前10時にイベントの記者発表をしたいので、万が一に備えて準備しておいてください、との連絡がありました」
見極は言う。
「俺のところにも志路から連絡があった。敵はどういう手段で攻撃してくるか分からない。なにせ、世界のエネルギーバランスを崩しかねない技術だからな。悪意のある組織だけでなく、国家レベルの攻撃を仕掛けてくるかもしれない。俺からも志路に連絡しておいた。そちらでもシステム運用部門と連携しておいてくれ、と。何がインシデント発見の機会となるか分からないからな」
――見極は思った。外部からの攻撃の兆候や内部での異常動作を監視しているセキュリティオペレーションセンターとは異なり、システム運用部門は、業務で運用しているシステムそのものの維持管理をしている。ひまわり海洋エネルギーのWebサイトの管理は、どちらかといえば後者に属する業務だ。インシデントの発見や報告などの「初動」を迅速に行うためには、連携が不可欠だ。どんなささいなことでも判断のきっかけにはなる。
見極は深淵に向かって続けた。
「いつも言っているように、正確な情報と、早めの情報連携が大事だ。よろしく頼む」
深淵はうなずいて応える。
「分かりました」
まさにそのとき、メイたちは新たなインシデントの一報を受け取っていた。
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