“農家向けIoT”の意外な活用先? ある郵便局が始めたユニークな熱中症対策とは「将来は配達作業にも応用したい」

横浜市のある郵便局が、炎天下の屋外で作業するスタッフの熱中症を防ごうと、農業向けに開発中のアプリ「安心営農/安心ワーク」を試験的に導入した。意外な組み合わせは、一体なぜ実現したのか。

» 2018年09月21日 07時00分 公開
[高木理紗ITmedia]

 日本全国が猛暑に見舞われた2018年8月、屋外イベントで作業するスタッフの熱中症対策に、神奈川県横浜市の郵便局が、ある意外なIoTソリューションを試験導入した。それは、農用機器や農業向けクラウドサービス「アグリネット」を手掛けるネポンが開発中の農業支援アプリ「安心営農/安心ワーク」だ。一見“畑違い”な組み合わせの実証実験は、一体なぜ実現したのか?

 2018年8月31日、記者は横浜の大さん橋で開かれていたイベント「やさいマルシェ」を訪れた。数メートル歩くだけで全身に汗がにじみ、強い日差しでまともに目も開けていられないような熱気だ。着いたのは、記念切手などを販売する郵便局のブース。作業するスタッフたちは、首からペンダント型のセンサーを下げている。現場を取り仕切る職員がブースの裏でタブレットを立ち上げると、一人一人の勤務時間と休憩時間、給水タイミングをリアルタイムで記録した表が現れた。

photo 当日ブースで作業していたスタッフ。首から「安心営農/安心ワーク」のセンサーを下げている

 安心営農/安心ワークは、広大な農地で作業に従事するスタッフの作業環境や作業時間を、管理者である農家がタブレットやPCで可視化できるようにするもの。作業員が自分のスマートフォンからアプリを開き、自分の作業時間や休憩時間、給水したタイミングや給水量を入力すると、それらのデータが作業管理者のWeb画面に送信される。

 作業員のアプリには、「1時間作業したら10分休憩」など、あらかじめ管理者がWeb画面で設定したタイミングで休憩や給水を行っていないと、自動でスマートフォンにアラートが届くようになっている。また、ペンダント型のセンサーは、一人一人が作業する環境の「気温」「湿度」「照度」「気圧」「UV(紫外線)」「騒音」を測定し、「不快指数」「熱中症の警戒レベル」などを算出。管理者のWeb画面からは、それぞれの作業員がいつどのような環境で作業していたかも分かる仕組みだ。

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 現場で取材に応じたスタッフの一人は、「作業中は、集中するあまり時間の感覚がなくなってしまうことがある。自分に合ったアラートを送ってくれる仕組みがある点は助かる。常にスマホを見られるとは限らないので、センサーに直接アラートが届けばもっと分かりやすいのでは」と語った。

横浜市の郵便局長が“農家向けIoT”に興味を持ったきっかけとは?

 この実証実験は、横浜市経済局が市内のIoTビジネスを支援するために立ち上げたプラットフォーム「I・TOP横浜(IoT Open Innovation Partners)」のイベントで同アプリを紹介していたネポンに、横浜市仲通郵便局の桑原智局長(桑は旧字体)が「うちで使ってみたい」と声を掛けたのがきっかけで実現した。スタッフの熱中症対策を探していた郵便局側と、安心営農/安心ワークの実証実験先を募っていたネポン側の意図が“偶然”一致した形だ。

 思わぬ実証実験の実現について、ネポンで安心営農/安心ワークの営業企画推進を担当する安藤潤哉氏は「本来は農業に携わるスタッフの労務管理向けだが、炎天下などの厳しい気象条件で作業する人たちにニーズがあると分かったことで、ユーザーの幅が広がったと感じている」と話す。IBMのデータ分析基盤を導入しているネポンでは、同社の協力の下、実証実験から集めたデータを分析し、アラートを出す適切なタイミングといった新たな知見につなげようとしている。

 「2019年の製品化を目指しているので、2018年中は位置情報などを使って入力の手間をより少なくし、アラートの機能を増やすなど、実証実験で得られた要望を基に、製品のブラッシュアップを進めたい」(安藤氏)

 一方、桑原局長は「猛暑の中で屋外イベントを開催することが決まっていたので、スタッフの熱中症対策にすぐ使える技術を探していた。今では、『やさいマルシェ』の他に市内のビーチマラソンなど、屋外で開催するイベントで20人ほどのスタッフの見守りに使っている」と話す。

photo 横浜市仲通郵便局の桑原智局長(「桑」は旧字体)

横浜市と日本郵便の双方が実証実験を後押し

 桑原局長によれば、横浜市が政府の提唱する環境未来都市構想「SDGs未来都市」に選ばれたことから、同郵便局が日本郵便南関東支社と連携してテクノロジーの積極的な試験導入を進めている点も、今回の実証実験を後押ししたという。

 「郵便局の仕事は、イベントに限らず、外を動き回る作業が多い。将来、安心営農/安心ワークがより多くの気象データとリアルタイムで連携し、管理者からアプリを通してスタッフに直接指示を飛ばせるようになれば、イベントだけでなく、他の場面で使えるようになると考えている。例えば、市内で光化学スモッグ警報が出た際に、配達中のスタッフに屋内避難の指示を行う、といった使い方だ」(桑原局長)

 今回の実証実験を受け、横浜市経済局の安藤あらた氏は、「新たなビジネスを支援する意味でも、市内で使える熱中症対策につなげる意味でも、今回の実証実験が実現したのは喜ばしい。IoTテクノロジーを実際のビジネスにつなげるには、効果の実証が不可欠だ。イベントなどの機会を使い、今後もより多くの企業の交流を促していきたい」と話した。

 今回、意外な形で起こった郵便局とIoTビジネスの「共創」は、アプリの実証実験先を農家に限らず受け入れたネポン側、変わり続ける地域や職場のニーズを満たすべく、テクノロジーの斬新な導入を進める郵便局側、両者をつなぐ役割を果たした自治体という3者の存在があって実現した。こうした小規模な“成功事例”が、さまざまな地域におけるテクノロジーの在り方をこれから少しずつ変えていくのかもしれない。

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