ITのコモディティ化により、情報システム部門に求められる役割が、ビジネスへの貢献や社員の業務改善といった方向へとシフトしています。このシリーズでは、情シスと現場、特に全社とのつながりを持つ総務とがタッグを組むことで、会社を変えるだけの力が生まれる――そんな事例を紹介していきます。
IT導入の現場でよく語られる「使われないシステム」。せっかく多額の投資をしたのに、完成したシステムが業務現場で使われない――読者の皆さんにもそんな経験をした方はいるのではないだろうか。
特に製造業や流通業など、システムに関わる人間と業務現場に“物理的”な距離があると、この問題は起こりがちだ。情シスと現場。同じ社員であるはずなのに、どこかよそよそしくなってしまったり、コミュニケーションロスが起こったりして、現場の困りごとやニーズを満たしきれないシステムができ上がってしまう。
石油製品の港湾荷役(貨物の積卸作業全般)から、船舶代理店業や通関業などを一貫して手掛ける「ハヤシ海運」は、その事業形態から、拠点がバラバラに散らばりやすい「海運業」であるものの、経営企画部の活躍により、ペーパーレスなどITを使ったさまざまな改革を進めている。
ハヤシ海運でITシステムを管轄しているのは、経営企画部だ。社員の多くは現場が中心で、バックオフィスの人数が少ないことから情報システム部を置いていないのだという。一般的に経営企画というと、事業企画や内部統制などが主な業務だが、同社ではIT戦略などの業務も兼ねている。
同社 経営企画部に勤めている榎春彦さんは、2年ほど前に経営企画部に来て以来、この事業はIT活用を進めにくいと感じているそうだ。今は、手書きで行っていた施設の点検業務を携帯型端末でできるようにするシステムの導入を進めている。「大したことない」と思う人もいるかもしれないが、そこには業界ならではの特殊な事情があった。
「海運というのは現場主体の業種なので、なかなかITが入り込む余地がないんですよね。その現場自体も製油所や油槽所内のため、通常の電子機器は全く持ち込めないケースがあるんです。そのため、PCを含めてITに接するのは事務方という構造になりがちで、業務も含めた電子化が進めにくい。セキュリティの必要性を説明するといったこと一つにしても、じっくり説明をしております」(榎さん)
ガソリンなどの石油製品は常温で蒸発するため(揮発性)、製油所や油槽所内の現場では、通常のPCやスマートフォンなどの電子機器は、電源を入れたり、内部のモーターが動いたりするだけで火花が出るため、火災が発生する可能性がある。スマートフォンなどの機器は持ち込めるはずもなく、明かりを照らすライトですら、決められた物しか持ち込めない。
そのため、コンビナートに持ち込む機器は、法律で決まった「防爆」基準をクリアしたものに限られる。同社では、業界で初めて防爆仕様の携帯型端末を導入する準備を進めており、この冬から稼働する予定だ。
「以前からずっと、現場での点検業務を電子化できないかという議論はありました。例えば、雨の日は点検表が破けたりしないように何かしらの工夫をするといった煩わしさがありますが、タッチでチェックできればラクになります。異常があった部分をカメラで撮影して送るといったこともできますし。感圧式にも対応しているので、手袋をしていても操作できるというのはうれしいポイントです」(榎さん)
この携帯型端末を見つけたのは榎さんだ。ウェアラブル機器の展示会に行った際に見つけ、すぐにベンダーへ連絡を取ったのだという。経営企画部に来る直前に現場研修を受けていたこともあり、現場のニーズには敏感だ。
「経営企画部に来る前は、同じ製油所内にある研究所に20年ほど勤めていました。主に潤滑油の研究開発や試験業務、車のエンジンを分解したりといった研究補助業務をやっていましたね。その前は親がやっていた運送会社にいたんですよ」(榎さん)
現場だけでなく、事務方でもIT活用を進めている。以前は会議の資料や議事録は紙で配っていたが、今では全てデータで配るなどペーパーレス化を成功させた。その成功の裏には、グループウェア「サイボウズ Garoon」(ガルーン)の存在があったという。会議で使う資料をGaroonのスケジュールで共有するようにしたことで印刷を止めたのだ。
「最初は、これまで通り紙で資料が欲しいと言う人もいましたが、『資料は全てGaroonの中に入っているので、必要であればご自身で印刷願えませんでしょうか』とあえて突き放しました。そのうちに皆がGaroonの使い方に慣れてきて、逆にいちいち紙に印刷するのが面倒になり、ペーパーレスが定着していきました。今では、紙の資料を渡すと『いらない』と逆に突き返されるほど。会社の雰囲気はずいぶん変わりました」(榎さん)
議事録の作成もGaroon上で行うようにしたことで、作業時間を大幅に減らすことができたそうだ。「他にも契約書や申請書など、皆が共通で使うファイルや計画書、ISO9001に基づいた手順書などをGaroon上に置いていますね。アクセス権を設定して、特定の部署だけが見えるような仕組みも取り入れています」(榎さん)
社内のメンバーとのやりとりにはメッセージ機能を使っており、ワークフローもGaroonで行っている。Garoon自体は2005年から使っていたが、オンプレミス版からクラウド版に乗り換えたことで、場所を選ばずスムーズに決裁が行えるようになったという。さらに、最近ではプロジェクト推進用の機能「スペース」も活用し始めた。
「きっかけはプロジェクトを進めていく中で、5人の情報をメールでやりとりしていたら、だんだん何が何だか分からなくなってしまったことですね。たまたまサイボウズのセミナーでスペースの使い方を学んだので、使ってみようと提案しました。
掲示板のように、縦方向のスクロールだけで情報が追えるので『意外と便利だね』という声が出てきていて、浸透し始めているのかなと思います。今はまだわれわれの拠点で試験的に使っている段階ですが、今後、複数の拠点で1つのプロジェクトを進めるようなことがあれば、有効だと考えています」(榎さん)
もちろん、スケジュール機能についても皆で使っていて、各拠点に散らばった役員や管理職同士が互いのスケジュールをひと目で確認できる。榎さん自身も各拠点に出張することが非常に多く、重宝しているそうだ。
「ITシステム全般に言えますが、現場や業務部門は『なぜこれを使わなければならないのか』が分からないことが多いんです。管理者側は良かれと思って導入するんですが。仕事のやり方を変えなくてはいけないから、うっとうしいと感じる人もいるでしょう。何も説明せずに導入したら“使われないシステム”になってしまうので、日頃から現場や業務部門と話をして、なぜこれが必要なのか? を理解してもらうようにしています」(榎さん)
榎さんが他の拠点に行くのは、トラブルが起こったときや、新しくシステムを立ち上げるときなど自ら出向いてサポートを行う時もある。現場に行くと、Garoonの使い方なども含めて、さまざまな質問をされるのだという。業務時間中よりも、食事をしたり、飲みに行ったりという“オフ”の時間に「こんなシステムがあったら便利だね」という話で盛り上がるそうだ。
例えば「このExcel業務が面倒だから何とかならないか」「事務所に携帯電話の電波が入りにくいんだけど何とかならないか」「添付ファイルが送れない」「PCってもっと早くならないか」など、拠点にまで行かないと知り得ないような、細かな相談も少なくない。とはいえ、拠点の人と仲良くなるまでは、こうした相談は一切出てこなかったという。
「本部から来た人間に対して警戒している雰囲気はありますよね。『余計なことを言うとヤバいぞ』みたいな。彼らからすれば、本部って何をやっているのかよく分からないところもあるのだと思います。私は多いときは月に2、3回ほど、他の拠点に行くことがあるのですが、そうすると現場の人とだんだん仲良くなるんですよ。
トラブルを解決していくうちに『あいつはITについて詳しいぞ』みたいなウワサが流れるらしく(笑)。そうなってから、ご飯にいったときに『なんか困ったことないの?』と聞くと、どんどん出てきてびっくりしました」(榎さん)
ITによる課題解決を通じ、本部と現場のパイプという役割を担うこともある経営企画部。最近では、若手のメンバーが入ってきたこともあり、現場の気持ちを理解してもらうために「荒天の日に現場に出ろ!」とアドバイスしているそうだ。
船舶が港に停泊する際は、岸壁に設置しているボラード(フック)に綱を巻き付けて固定する必要がある。その綱を船舶から受け取るのは、積卸作業全般を担っているハヤシ海運の役目だ。相手が巨大なタンカーである場合、小型のボートで近づき、海上で綱を受け取って陸まで運ぶのだという。
「タンカーの中には全長が300メートルほどあるような巨大なものもあります。天気が良くて穏やかなときはいいですが、たとえ荒天で海が荒れているときでも、やらなくてはならない時があります。
波が激しい時は、船が数メートル以上も上下します。そのなかで綱を運ぶ恐怖は、その場にいた人にしか分かりません。手すりも命綱もありませんし、ずいぶん前の話と聞いてますが、実際に海に投げ出された人もいるそうです。私も2年前に現場研修で経験しましたが、状況によっては命がけですよ。こういう経験をすると、現場との距離はぐっと縮まりますね」(榎さん)
経営企画部になる前は、もともと総務部にいたという榎さん。IT管理も含め、全社的な視点が必要なさまざまな業務を進めてきた。今後も、セキュリティ対策の啓蒙やシステムのクラウド移行など、現場の仕事を楽にする施策を企画していくという。
労を惜しまず現場に出向き、オフの時間で信頼を勝ち取り、現場のニーズに合わせたITで課題を解決していく。現場の力が強い業種はIT化が進みにくいといわれる中、地道な取り組みでIT活用を広めていく――そんな「総務系情シス」が、海運男子たちの仕事を支えているのだ。
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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2019年5月27日