「崖」だけでは済まない 2024年にERP刷新の責任者が知るべき10の技術トレンド

企業経営の核をになうERPの導入、刷新担当者が抱えるプレッシャーは過去最大級といえるだろう。責任者として押さえておくべきトレンドをまとめておこう。

» 2024年01月19日 10時00分 公開
[Christine CampbellTechTarget]

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 ERPの購買担当者の多くがモダナイズや効率向上、ESGレポート作成向けの機能を求めるようになるにつれ、クラウド化のトレンドを突き進むERP市場は、AI(人工知能)駆動型の自動化によって急速な変化をとげている。

 ERPはもはやバックオフィス業務専用のシステムではなくなっている。現在のERPシステムは、販売とマーケティングの自動化、Eコマースといったフロントエンド機能にも対応し、ビジネスの遂行に欠かせない存在だ。

 米国の調査会社HG Insightsによると、ERPの世界市場は2022年比で8%増となっており、2024年には140万の企業が1830億ドルをERPソフトウェアに投じると見込まれている。ERPソフトウェアがカバーする範囲が拡大するにつれ、生成AIなどの新しい技術への対応、各種報告書の開示義務といったビジネス要件の変化からも影響を受けるようになっており、今後もERPのトレンドは変化するものと予想される。

 「ERPの世界は歓迎すべき時期を迎えている」と語るのは、米国のコンサルティング企業West MonroeでM&AプラクティスのERPリードを務めるクリス・ペリー氏だ。古いコンピューターシステムにおいて西暦2000年の扱いに不具合があり、さまざまなシステムで未知のエラーが発生するとされた「2000年問題」が注目され、リプレースが相次いだ時期があったが、その後のERP市場はしばらく停滞期に入っていた。だが、大手ERPベンダーはAI、インダストリー4.0、SaaS、特定業界向けERPといった補完技術を導入して「企業の囲い込みに乗り出した」とペリー氏は続ける。

 ERPシステムは堅固で変化の少ないビジネス要素で構成されていると見られているかもしれないが、企業がベンダーに期待するビジネス要件への対応以外にも新たな開発や改良がなされている。

 本稿では、2024年以降に予想されるERPの最先端の主要トレンドを紹介する。

1. クリーンコアがSaaS ERPの基礎を作る

 ペリー氏によると、ERPベンダーは2022年ごろから「クリーンコア」という概念を導入して、標準メッセージングを使用し、クリーンコアをサポートするアーティファクトやアクセラレータを開発するようになっている。クリーンコア戦略では、ERPのビジネスプロセスとデータを標準化して、拡張機能と統合機能がクラウドの標準に従うようにする必要がある。

 「クラウドとクリーンコアという考え方は、SaaSモデルの実現を後押しするうえで重要な役割を果たす」(ペリー氏)

 新機能を開発したERPベンダーはその新機能をすぐさまユーザーにデプロイしたいと考えるため、「2024年以降にSaaS ERPシステムの普及が進む」とペリー氏は予測する。これまでのオンプレミス環境なら、システムのアップグレードまで2年の歳月を要することもあっただろう。だが、SaaS ERPなら、ベンダーが新機能の提供を開始すればユーザーは即座に利用可能になる。

2. 産業ERPを後押しするAI

 AIが普及するにつれ、企業は購買候補のERPシステムにAI機能が搭載されることを期待するようになる。

 米国で産業用品流通業を営むWainbeeでエグゼクティブバイスプレジデントと最高執行責任者(COO)を兼務するキャンベル・トルギス氏は語る。

「AIベースのERPシステムは、効率や生産性、意思決定に大きなプラスの影響をもたらすだろう。例えば、AIベースの需要予測機能を使用すると、在庫を最適化して過剰在庫を回避できる」

 AIにより、製品の欠陥や異常を特定して品質を向上できるだけでなく、サプライヤーや流通、生産のプロセスをリアルタイムに監視して遅れが生じる可能性を特定できるかもしれない、としてトルギス氏は次のように続ける。「当社ではERPシステムをアップグレードして、さらにAI機能を追加するつもりだ。AIを統合して動的な価格設定を実現することは、当社の利益と競争力を最大限に高めると考えている」

3. ERPのモダナイズがクラウドERPを引き寄せる

 「世界規模でいうならば、多くのERPシステムはオンプレミス環境で運用されている」と語るのは、米Forrester Researchでシニアアナリストとして働くアクシャラ・ナイク・ロペス氏だ。オンプレミス環境のERPシステムは3〜5年のサイクルでアップグレードされるのが一般的だが、このようなERPシステムのユーザーがERPシステムのモダナイズを検討する場合はクラウド環境のERPシステムも目を向けることになると同氏は続ける。

 同じベンダーのシステムに固執しない企業もあるだろう。例えば、OracleやSAPのERPシステムをオンプレミス環境で運用している企業が、別のベンダーが提供するクラウドファーストなERPシステムの導入を検討する可能性はある。「経済情勢が低迷しているにもかかわらず、企業が支出を控える様子は見られない。中核事業に必要な費用を投じ、ERPのモダナイズプロジェクトを進めている」とロペス氏は補足する。

 「モダナイズとデジタルトランスフォーメーション(DX)が持つ意味は、企業が到達している段階によって異なる。突き詰めれば、企業は市場の進化という観点で適切なアプリケーションを使用して、今後10〜15年にわたって使用できる製品に投資したいと考えている」(ロペス氏)

4. 自動化が提案依頼書(RFP)の必須条件になる

 ロペス氏によると、RPAや周辺ツールといった自動化は、特殊な製品や、ERPプロジェクトの一つと見なされていたという。だが、現在のERPシステムの提案依頼書(RFP)には、ビジネス業績管理や分析、自動化の機能が盛り込まれるようになっている。

 「財務条件だけが盛り込まれるRFPは少なくなっている」とロペス氏は指摘する。以前はERPや人材管理に関する機能だけだったが、自動化をはじめとする他の機能も要件として盛り込まれるようになっている。

5. 分析が必須機能になる

 分析はERPシステムに欠かせない機能になり、ERPソフトウェアのモダナイズを図りたいと考える企業のRFPでは分析機能が求められるようになっているとして、「企業は新しい製品やアプリケーションへの移行時に分析機能を手に入れており、分析機能に大きな需要があることは間違いない」とロペス氏は語る。

6. 生成AIが組み込まれるようになる

 ERPベンダー各社は製品に生成AI機能の組み込みを始めており、このトレンドが失速することはないとして、「ERPベンダー各社は使用するモデル、特定機能に最適なモデル、統合についてユーザーが悩むことは望んでいない」とロペス氏は指摘する。

 ERPベンダーは生成AIプロバイダーと提携して、各社の製品に生成AI機能を組み込んでいる。「大手ERPベンダーは生成AIプロバイダーと提携し、組み込み機能として生成AI機能を提供する見込みだ」とロペス氏は話す。

7. 業界特化型クラウドERPの需要が高まる

 ロペス氏によると、特定業界に特化するクラウド製品の需要はあるが、そのような製品にはトレードオフが伴うという。業界特化型のクラウドERPの価格はカスタマイズ可能な汎用(はんよう)的なERPよりも少し高額になる。だが、汎用的なERPの購入を検討する場合は、業界特有のスキルセットが不足していることにも注意が必要だ。

 ただし、今後数年間で特定業界に特化するクラウド対応のERPシステムを購入する企業は急増し、この需要に対応するためにITサービス会社はアクセラレータを提供するようになるだろう。事実、ERPベンダーからは既に特定業界に特化する幾つかのERP製品が販売されているとロペス氏は話す。

8. 規制がデータの格納方法を決める

 統治権に関する規制が厳しくなっていることから、特にEUの複数の国で事業を展開する企業は、自社が保有するデータについて、アクセスできるユーザーとホスティング方法を把握しておく必要があるとロペス氏は語る。企業は新しい規制を把握して、設計と計画の早い段階から法規制に備えなければならない。

 現在、EUにおけるデータの統治権に関する規制では、幾つかの例外を除いて、ヨーロッパ市民のデータはEU圏にあるサーバ上に格納することが義務付けられている。データガバナンス法とEU一般データ保護規則(GDPR)に加えて欧州データ法ではプライバシーの管理が強化され、対象範囲は製造業で普及が進んでいるIoTデバイスにまで拡大されている。

9. ESGの報告をサポートするERP

 特に米国では、最高財務責任者(CFO)の任務にサステナビリティの追跡と報告が含まれるようになっている。ESG(環境、社会、ガバナンス)の報告が仕事の一部になるにつれて、CFOの管轄下にあることが多いERPシステムに、このような機能が搭載されるのは自然な流れだろうとロペス氏は指摘する。

 「SAPはより詳細な炭素会計(カーボンアカウンティング)を提供するという厳しい道を選んでいるが、これは非常に新しい考え方だ」とロペス氏は話す。他のベンダーが提供しているのはESGの報告要件を満たすためのサポートツールだ。ロペス氏によると、顧客がERP製品のRFPにサステナビリティに関する項目を盛り込むようになっても不思議はないという。

10. 中小企業では別のERPシステムが採用される

 SAPやOracleといった大手ERPベンダーは堅ろうな製品を提供しているが、これらの製品は万人向けではない。ロペス氏によると、2024年にはクラウドファーストのERP製品やオープンソースのERP製品に目を向ける中堅企業や中小企業が増えると予想されるという。中小企業はシステムの実装に1年半〜2年もの歳月を費やすことは望んでおらず、短期間で成功を収めたいと考えている。クラウドファーストのERPシステムには多数の構成済みテンプレートが用意されており、大手ベンダー製品ほど複雑ではないとロペス氏はいう。

 結局のところ、2024年以降もERPシステムは多くの企業で重要な役割を果たす状況が続くだろう。2024年以降に予想されるERPのトレンドは企業がERPソフトウェアと関連機能をどのように見なしているかという点に関する変化を反映するものになっている。ビジネスプロセスと効率を向上する生成AIや分析といった他の機能と併用すると、クリーンコアを軸としたSaaSモデルの拡大は新たな時代の序章にすぎない。

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