大手菓子メーカーから学ぶDX事例 ERP移行に12億ドル投資したプロジェクトの全貌CIO Dive

生成AIの登場などによりシステム移行の重要性が高まっているが、そのプロセスは容易ではない。そんな中、オレオやリッツで有名なモンデリーズは入念な計画によって順調な移行を進めている。同社事例から移行プロジェクトの勘所を学ぶ。

» 2025年03月21日 07時00分 公開
[Lindsey WilkinsonCIO Dive]

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CIO Dive

 「Oreo」「Ritz」「Chips Ahoy!」などのブランドを展開するスナック菓子メーカーMondelēz Internationalは、12億ドル規模を投じた数年にわたるIT環境の変革を通じて、事業戦略を刷新し、スナック市場でのシェア拡大と収益向上を目指している。

ROIの最大化を狙うERP移行とは

 これを実行に移す準備を整えるために、パートナーや技術チーム、取締役会、各エリアのCEO、経営幹部のメンバーが足並みをそろえて入念に連携する必要があった。

 同社はこの変革に向けて18カ月間の準備期間を設け、データセンターの撤退、ワークロードの移行、生成AIの活用検討、ERPのアップグレードなどを進めてきた。同社のコスタス・ゲオルガコプロス氏(CTO《最高技術責任者》 兼 CISO《最高情報セキュリティ責任者》)は、「この準備期間を通じてベンダーとのパートナーシップ構築、スケジュールの共有、ガバナンスの強化が実現した」と述べる。

 「われわれの戦略を巡る議論の中心は、投資が確実に成果を生み出し、事業における具体的なROI(投資対効果)を示せるようにすることだった」とゲオルガコプロス氏は「CIO Dive」に語った。

 Mondelēz Internationalは耐用年数が終わりかけているオンプレミスの「SAP ERP」を使用している。クラウドベースのERPへの移行によるメリットは大きいが、アップグレードは時間がかかり困難なプロセスでもある。

 オンプレミスシステムのサポート終了が迫る中、SAPは顧客の移行を促進するために金銭的インセンティブと技術サポートサービスの提供を始めた(注1)。SAPシステムの変更管理自動化ソフトを提供するBasis Technologiesのデビッド・リース氏(CTO《最高技術責任者》)は、オンプレミスのソリューションを利用している顧客の半数以上が2027年の期限までに保守サポートを受けられなくなる恐れがあると、2024年に述べている(注2)。

 戦略上、Mondelēz InternationalはSAPシステムのアップグレードの波が本格化する前に、できるだけ早い段階で移行を開始することを目指していた。

 「SAPはサポートモデルとコスト構造について非常に明確にしてきた。われわれは同社とより密接な関係を築き、より多くのリソースを確保するため、このチャンスの最前線に立つ必要があると考えた。後になって移行を進めようとすると、移行に必要なリソースを多くの企業と奪い合わなければならない」(ゲオルガコプロス氏)

 同社は戦略的パートナーとしてSAPと協力し、十分な人員と大規模なサポートを受けられる体制を整えてきたとゲオルガコプロス氏は述べた。2024年6月30日(現地時間、以下同)までの半年間で、同社はERP導入に向けた事前計画に約900万ドルを費やしている(注3)。

 同社は2025年12月にも、戦略的クラウドプロバイダーとして「Amazon Web Services」(AWS)を採用した(注4)。

 「当社にとって重要な検討事項の一つはコスト効率だった。加えて、運用を変革する能力も大きなポイントだった」(ゲオルガコプロス氏)

 同氏によると、Mondelēz Internationalはハイパースケーラー3社の製品の機能性や革新性、共同イノベーションの可能性などを比較し、膨大な時間を費やして細部に至るまで検討した。

 同社には35人のエンジニアで構成される社内開発チームがある。選ばれたクラウドプロバイダーはそのチームのパフォーマンスを最大限に生かした上で、AIなどを通じて効率化することを求められていた。

 「特定のクラウドを使い続けた場合の総所有コストを計算し、どのクラウドが最適かどうかを比較した。その結果、AWSが提供するパッケージが優れていることが明らかになり、総所有コストの差は大きかった」(ゲオルガコプロス氏)

 AWSを利用することにより、他のプロバイダーを選択した場合よりも少なくとも1年早く「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」の機能を使えるようになると同氏は述べた。

 「AWSによるDX(デジタルトランスフォーメーション)だけでなく、Googleの再プラットフォーム化、DXC Technologyのデータセンター4カ所からの撤退、『Microsoft Azure』からの数百のワークロードの移行も同時に進めている。優秀なエンジニアで構成される経験豊富なチームがなければ、このようなことはできなかった」(ゲオルガコプロス氏)

原材料の高騰に備えてERP移行プロジェクトを実施

 Mondelēz InternationalはDXへの取り組みを進める一方で、ミクロ経済とマクロ経済の逆風にも直面している。

 同社幹部は2025年2月4日に発表した2024年第4四半期決算の中で、カカオ価格の上昇とインフレによって2025年の調整後1株当たり利益が約10%減少する見込みだと発表した(注5)。

 「2025年は市場環境やカカオ価格の変動によって非常に厳しい年になる。その影響は相当なものだ」(ゲオルガコプロス氏)

 チョコレートブランド「KISSES」を販売するThe Hershey Companyもまた、カカオ価格の上昇によるプレッシャーを指摘し、ERPの見直しを進めている(注6)。同社は2024年、SAP S/4HANA Cloud Public Editionへの段階的なアップグレードを進める中で売上と在庫の減少に見舞われた(注7)。

 The Hersheyと同様、Mondelēz Internationalも移行期間中に業務の最適化に焦点を絞り、コスト削減策を強化している。

 「われわれにできることとしては、インフラやアプリケーション、ユースケースなど現在の基盤を最適化することだ。SAP S/4HANA Cloud Public Editionの標準機能を最大限に活用し、ERPのカスタマイズを可能な限り排除した上で、使いやすさや効率性、コスト削減を確実に実現するため、明確にビジネスプロセス全体の標準化に注力してきた」(ゲオルガコプロス氏)

 Mondelēz Internationalは地域ごとの段階的な導入を経て、2028年までにERP移行プロジェクトを完了する計画だという。現在は軌道に乗るための土台作りに全力を注いでいる。

 「単なるシステムの移行であってはならない」(ゲオルガコプロス氏)

 チームは、数百万行のコードに相当するERPのカスタマイズを全て精査し、移行を簡素化するためにどこを削減できるかを判断している。「多くの場合、カスタマイズを削除してもSAP S/4HANA Cloudの標準機能で置き換えられる」とゲオルガコプロス氏は述べている。

 同社は、シェルスクリプトの作成や生産性の向上など、ソフトウェア開発を支援する目的で「Amazon Q」を導入した。ゲオルガコプロス氏は、このツールの導入によって約20%の効率向上が見込めると試算している。

 しかし、ERPシステムへの生成AIの本格導入は、まだ実現していない。

 「実際にパイプに水を通して、それが機能するかどうかをテストし、検証するまでには、おそらく12〜18カ月かかるだろう」とゲオルガコプロス氏は語った。

 「道のりはまだ長いが、組織のテクノロジーに対するアプローチが着実に成熟してきていることに誇りを感じている」(ゲオルガコプロス氏)

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