富士通ゼネラル、基幹システムをマイグレ後にモダナイズ “現実的”アプローチの全貌

富士通ゼネラルの基幹システムは、「昭和100年」を迎える2025年にエラーを起こすことが確実視されていた。どのようにして基幹システムの移行を成功させ、モダナイズを進めているのか。

» 2025年03月25日 07時00分 公開
[指田昌夫ITmedia]

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 富士通ゼネラルは、業務用・家庭用エアコンなどを製造・販売する電機メーカーだ。2024年度の連結売上高は3600億円を見込んでおり、海外事業の比率は約76%と高く、世界100カ国以上で事業を展開している。

 同社のメインフレームで稼働する基幹システムは「昭和100年」を迎える2025年にエラーを起こすことが確実視されていた。2024年までにシステムを更新することが必須条件とされる中、2023年10月に新基幹システムの稼働に成功した。現在はクラウドERPの利点をさらに生かすための仕組みづくりを進めている。

富士通ゼネラル 鈴木 年氏(提供:富士通ゼネラル)

 では、どのようにして基幹システムの移行を成功させ、モダナイズを進めているのか。アイティメディアが2025年2月に主催したオンラインセミナー「ITmedia DX Summit vol.23」では、富士通ゼネラルの鈴木 年氏(デジタル改革推進部グループマネージャー)が登壇し、導入プロジェクト成功の要点や、導入後のモダナイズについて語った。

メインフレームからの脱却が遅れ、「昭和100年問題」が迫る

 同社の基幹システムは、COBOLで動くメインフレームの会計システムを中心に稼働していた。鈴木氏は、「多くの企業が2000年代以降進めていた基幹システムのモダナイズに当社は乗り遅れてしまった。その結果、多くの課題を抱えたまま長年塩漬けにしてきた。現代は予測不可能なVUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代といわれ、デジタル技術を使ったデータ分析や顧客接点の強化を進めることが求められるため、基幹システムが抱える課題を解決する必要があった」と振り返る。

昭和100年問題以外の課題も山積みだった(出典:鈴木氏の講演資料)

 メインフレームはバッチ処理が必要であり、システムに蓄積されたデータを分析するためには、データを取り出して表計算ソフトで集計しなければいけなかった。運用に手間を取られることで、分析や予測の業務に時間を割けないなどの課題があった。運用体制も属人化、ブラックボックス化しており、ベテラン従業員の退職でノウハウが引き継げない状況も予想された。

 さらに追い打ちをかけるように、同社のシステムには決定的な問題が潜んでいた。それは、メインフレームの一部のシステムが2桁の昭和歴を使用しており、「昭和100年」となる2025年には、日付の計算でエラーを起こすことが確実だった。

 この「2025年問題」を回避するため、2021年7月、2024年までにシステムを更新することを必達の条件として、基幹システムの刷新プロジェクトがスタートした。

 まず新システムの選考に当たり、COBOLのマイグレーションも調査したが、レガシー資産を移行しただけでは業務プロセスの変革は難しいため、「SAP S/4HANA Cloud」の導入を計画した。その上でトップのヒアリングを実施し、プロジェクトの目標を、「(1)パッケージの利用による全体最適と業務効率化」「(2)実績や予測情報の分析によるデータドリブン型経営の推進」「(3)ビジネスの変化に即応できるレジリエンス向上」に定めた。

 通常であれば36カ月(3年)ほどの期間をかけて導入するところだが、それでは本稼働が2024年7月となり、2025年まで半年しか猶予がないことが懸念された。また、システム導入から本稼働までの業務変革に、十分な時間をかける必要があると考え、開発期間の短縮を計画した。フィットゥスタンダード方式を採用し、2年+3カ月の「27カ月」で進めることとした。

コア業務のシステム更新を優先し「プランB」を選択

 全体構想の策定までは順調に滑り出したプロジェクトだったが、直後の要件定義でいきなりつまずくことになる。

 「一言で言うと、“現行踏襲”の業務定義ばかりになってしまった。標準パッケージを採用したにもかかわらず、現行業務を保証するアドオンの要件が膨れ上がり、開発コストの肥大化、開発期間の大幅な遅れが顕在化した」(鈴木氏)

 その結果、このまま業務改革とIT基盤刷新を同時に進めるという当初計画(プランA)で進めた場合、スケジュールの遅れはほぼ確定の見通しとなった。

 なぜそうなったのか。「同社の業務部門が現行のメインフレームにほとんど不満を持っておらず、システム改革のモチベーションが低かったこと」や、「IT部門は長年にわたって同じシステムを使い続けてきたため、運用の業務しかしてきておらず、システム刷新に当たって経営、業務、ITの三方をコーディネートするスキルが不足し、改革の意識が醸成しきれていなかったこと」などが理由だったと鈴木氏は振り返る。

基幹システムをリプレースする難しさが分かる(出典:鈴木氏の講演資料)

 プロジェクト全体の意志決定を担う会議のステアリングコミッティでは、たとえアドオンを抑えて開発したとしても、本稼働が当初計画よりも半年〜1年遅れてしまうという問題提起がされた。そこでプランBとして、ステップ1でIT基盤を刷新、2025年問題のクリアを確実にして、その後ステップ2として業務改革に着手する別案も起案された。AとBのどちらで進めるか検討した結果、プランBを採用することを決定した。

 鈴木氏は「プランBでは、先にIT基盤を刷新するため、基盤変更時の影響は、従前の改善がメインになる。その段階ではDXの大きな効果は得られないということを関係者に周知し、『期待値のコントロール』をすることが非常に重要だった」と説明する。

PlanA、PlanBの全貌(出典:鈴木氏の講演資料)

 期待値のコントロールとして、実施したことは3点。1つ目は新しい業務プロセスで業務が成り立つことの徹底的な検証だ。「特に実行系と管理系、顧客要件、社内要件などの観点で、重要ポイントを仕分けしたうえでメリハリを付けて対応した」と鈴木氏は話す。

 2つ目が、スコープの絞り込みだ。とにかく期限に間に合わせることを優先し、開発は最低限にとどめる必要があった。インタフェースは共通レイアウトやEDIサービスの利用などで、極力開発量を抑えた。計画時に開発する予定だった256本を138本と約半数に絞った。またマスターの連携で作り切れなった箇所は連携元と連携先で二重登録する運用で対処することとした。

 マスター項目そのものについても、ステップ1では新システムのSAP S/4HANA Cloudで利用するものだけに絞り、移行データは会計残高、仕掛かり中の処理データのみに抑え、過去データは一切作業していないなど開発の軽減化を徹底した。アドオンについても計画時の64個から34個に半減させた。

 特に顕著な絞り込みをしたのが画面と帳票の開発だ。標準画面でのオペレーションに極力こだわり、帳票は社外に提出するものだけを開発することにした。その結果帳票を、従来の約2000種類を95%減の96種類までカットすることに成功した。

スコープの絞り込みでプロジェクトをシンプルに(出典:鈴木氏の講演資料)

本稼働から半年で、社内運用体制を構築

 早期の方針転換によって2段階の導入方式へ舵を切ったプロジェクトは、予定通り、着手から27カ月後の2023年10月にステップ1の基幹システム刷新が無事完了した。

 「当初はプランBでも期限にやりきれる自信がなかったが、プロジェクト参加メンバー、利用部門の協力によって、無事に本稼働できた」(鈴木氏)

 稼働後の運用体制にも独自の施策を盛り込んだ。2023年10月に本稼働してから、2024年3月までの半年間の運用を「ハイパーケア期間」と位置付け、国内販売物流、財務会計、間接購買の3つの領域を約40人のメンバーで手厚くサポートする体制を敷いた。加えて、外部のSAPパートナー2社からの支援も受けた。1社はシステム運用を、もう1社はSAPのシステム機能をサポートし、役割も分担させた。「パートナーが1社だと、負荷の高い業務にサポートが偏る傾向があるため、2社に分けた」と鈴木氏は言う。

 半年間のハイパーケア期間を乗り越えた後、2024年4月からは、社内のメンバーだけでERPを運用している。「半年で運用を内製化できた背景には、アドオン削減など開発の絞り込みをしたことと、SAP導入の経験者をキャリア採用して業務に当たらせたことが大きかった」と鈴木氏は語る。

 ただ、2段階の導入に切り替えたことで、ステップ1の完了後に課題が残されたと鈴木氏は話す。

 「現場では、プロジェクト方針の周知不足、SAP標準画面の操作性、アドオン抑止などに対する不満が募っていた。それらに対してIT部門では、基幹システム刷新と業務スリム化の必要性を丁寧に説明し、操作性や機能不足に対しては、ローコードツールを使った拡張開発などで対応している」

 これらの課題対応と並行して、2024年度からはステップ2(業務改革)のためのBPR推進、データ活用を中心としたマスター・コード体系の統一、ガバナンス強化などに取り組んでいる。

社内業務の60%を戦略系に振り向ける

 富士通ゼネラルはクラウドERPのメリットをさらに享受するために、システムの拡張、他のシステムとのデータ連携の開発を開始している。「データ連携は、SAPのクリーンコアコンセプトに沿った拡張開発を心掛け、『SAP Business Technology Platform』(SAP BTP)を使ってERPと周辺システムのデータを集約して活用する構成を考えている」と鈴木氏は述べる。

クラウドERPの価値をビジネスに生かす(出典:鈴木氏の講演資料)

 加えて、ユーザーインタフェースの改善によるユーザー体験の向上、専用ツールを使ったビジネスプロセスの継続的改善にも取り組む。

 鈴木氏は、「現在、社内の基幹業務の90%はルーティン作業に充てられている。つまり戦略系の業務には10%の時間しか使うことができていない。これに対して、クラウドの技術を導入して効率化、自動化を進め、さらに社内のBPOセンターを活用することで、戦略系の業務を60%まで拡大することを目指している。この目標を達成するための技術として、SAPが提供する『Business AI』に期待している」と語る。

 基幹システムのモダナイズが遅れたことで直面した「2025年問題」を契機に、クラウドERPへの移行を決断、成功させた富士通ゼネラル。同社の取り組みは、多くの企業が参考になる示唆に富んでいる。最後に鈴木氏は、「ステップ1を終えた段階の今、『小さく産んで大きく育てる』という言葉の重みを実感している。ステップ2でもBPR推進、データ活用や管理機能の強化を着実に進め、ビジネス環境の変化に即応できる社内システムに発展させていきたい」と語った。

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