期待が高まる「量子AI」、その裏で企業が直面する無視できない課題と深まる懸念をどう克服するかSASが描くAIの未来(1/2 ページ)

SASは年次イベント「SAS Innovate 2025」で、生成AIの次に来る「エージェンティックAI」、没入型の意思決定を支える「デジタルツイン」、そして実用化が進む「量子AI」という3大テーマを発表した。AIがビジネス現場をどう変えるのかに注目が集まった。

» 2025年05月28日 07時00分 公開
[冨永裕子ITmedia]

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 SASはフロリダ州オーランドで年次イベント「SAS Innovate 2025」(会期:2025年5月5〜9日、現地時間)を開催した。5月6日に実施された基調講演では、「エージェンティックAI」「デジタルツイン」「量子AI」という3つの主要テーマに焦点が当てられた。

生成AIの次は「エージェンティックAI」 リアルタイム意思決定をビジネスに

 世界中のAI関係者の関心は、生成AIからエージェンティックAIへと急速に移行している。単なる予測・検知・分類といったタスクの遂行にとどまらず、人間に代わって意思決定や行動を実行するAIが登場したためだ。

 SASのブライアン・ハリス氏(Executive Vice President兼Chief Technology Officerは、「SASでは、AIが機械的に行動する『Human Out of The Loop』(HOTL)と、必要に応じて人間が関与する『Human In The Loop』(HITL)の連続的かつ曖昧(あいまい)な境界を持つスペクトラム全体をエージェンティックAIと定義しています」と説明する。

図1 SASが考えるエージェンティックAIのスペクトラム(イベント投影資料、筆者撮影)

 例えば金融取引の不正検知では、過去の不正パターンから自動的に不正と判定できるケースもあれば、人間のレビューを経て初めて不正と特定されるケースもある。エージェンティックAIは取引発生時にリアルタイムで追加データソースを活用し取引データを拡張することで、複合的なリスクスコアを算出する。そのスコアを提示して人間に「不正の可能性は?」と判断を仰ぐことで、文脈を踏まえた自律的分析を可能にする。こうしたエージェンティックAIは、HITLでもHOTLでもない中間のシナリオを実現するものであり、これをビジネスに活用することがSASの戦略だ。

 製品ポートフォリオへの実装においては、「SAS Intelligent Decisioning」「SAS Viya Copilot」「SAS Models」の3つが戦略の柱となる。SAS Intelligent Decisioningは、AIエージェントのワークフロー設計から構築、テスト、企業内へのデプロイ、運用までのライフサイクルを支援するSAS Viyaの新機能セットだ。倫理基準の順守やデータプライバシー保護、ビジネス価値との整合性、そして規制当局の監視への耐性を備えたAIエージェントを構築できる高度なガバナンス機能も備えている。

ブライアン・ハリス氏(筆者撮影)

 2つ目のSAS Viya CopilotはMicrosoftとの協業による成果で、SAS Viyaに直接組み込まれたAI主導の会話型アシスタントだ。開発者やデータサイエンティスト、ビジネスユーザーなど、役割を問わず幅広く利用できる機能としてプライベートプレビュー版が提供されており、一般提供開始は2025年第3四半期を予定している。

 3つ目のSAS ModelsはSASのモデルポートフォリオで、主に3つの特徴を持つ。軽量であることと業界のユースケースに基づいて構築されていること、そしてスピーディーかつ容易にデプロイできることだ。SAS Viyaからあらゆるエコシステムへシームレスに統合可能であり、AIプロジェクトから即座にビジネス価値を引き出すことができる。

オンラインゲームの没入型体験がビジネスの世界に

 次にハリス氏はデジタルツインに言及し、「Fortnite」で知られるオンラインゲーム開発会社Epic Gamesとのパートナーシップ締結を発表した。この連携は、Epic Gamesのゲームエンジン「Unreal Engine」とSAS Viyaを統合し、リアルタイムのインサイト活用による高度な意思決定を実現することを狙いとしている。

 ハリス氏は、「オンラインゲームが提供する没入型の環境をビジネスに応用できれば、豊富なデータに基づく新たなインサイトを得て、より創造的な問題解決が可能になる。ゲームエンジン技術とAIを融合させれば、問題解決においてブレークスルーが生まれる」と、SASのビジョンを語った。

 デジタルツインとは、複雑な現実世界の対象やプロセスを仮想空間に再現し、シミュレーションや最適化に活用する仕組みを指す。Epic Gamesのビル・クリフォード氏(Vice President and General Manager, Unreal Engine Ecosystem)は、「デジタルツインを3D環境で展開するには、『超写実的なグラフィック』『高度な物理シミュレーション』『リアルタイムレンダリング』の3つが欠かせない」と説明する。このパートナーシップにより、Unreal EngineはIoTデータや地理空間データ、CADデータなどをビジュアルフォーマットに変換し、そのデータをSAS Viyaで活用できるようになった。

 この没入型体験をビジネスユースケースに転用した具体例として、米ジョージア州アトランタに本拠を置く世界的製紙会社Georgia-Pacificが挙げられる。同社は主要拠点であるSavannah River Millの運営に、SAS ViyaとUnreal Engineを組み合わせたデジタルツインを導入した。その適用例の一つが無人配送車(AGV)のルート最適化だ。広大な施設内を多数のAGVが稼働する環境において、予期せぬ事態のリスクを考慮しながら、何台のAGVをどのルートで動かすかを事前に仮想空間で検証できる点がデジタルツインの強みだ。また、このテクノロジーは従業員の安全性向上にも寄与している。

図2 施設内の無人配送車のルート制御へのデジタルツインの適用(イベント投影資料、筆者撮影)

 リアルタイムシミュレーションを活用したデジタルツインの適用領域は、製造業にとどまらない。ヘルスケア分野では、医療機器のメンテナンスニーズの予測はもちろん、医療スタッフのスケジューリング最適化にも役立っている。また、金融サービス分野においては、資金の流れをシミュレーションすることで地政学的リスクを検証するなど、多種多様な企業や組織のビジネスに貢献している。

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