期待が高まる「量子AI」、その裏で企業が直面する無視できない課題と深まる懸念をどう克服するかSASが描くAIの未来(2/2 ページ)

» 2025年05月28日 07時00分 公開
[冨永裕子ITmedia]
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量子AIに寄せられるビジネスリーダーの期待と懸念

 ビジネス課題の解決に向けて最適化を目指す企業は多いものの、多大な計算量とコストがかかる場合もある。この課題の克服に向け、SASはAIと量子テクノロジーを組み合わせた新たなアプローチの研究を進めている。

 2025年4月、SASは米国とメキシコ、英国、フランス、中国のビジネスリーダー500人を対象に量子AIに関する調査を実施した。参加者はヘルスケア・ライフサイエンスから製造、小売、銀行、政府機関まで幅広い業種にわたる。この調査結果によると、量子テクノロジーへの関心は非常に高く、回答者の60%以上が量子AIへの投資機会を探っていることが明らかになった。また、ビジネスマネジャーが量子AIに期待する分野は、データアナリティクスや機械学習、さらには研究開発(R&D)であることも分かった。

図3 量子AIに期待するビジネス領域(イベント投影資料、筆者撮影)

 一方で、高コストや理解不足、具体的なユースケースの不確実性など、量子テクノロジーの導入に関する課題も浮き彫りになった。こうした結果を踏まえ、SASは量子テクノロジーを効果的に活用するためには、明確なロードマップの策定が不可欠だと結論づけている。さらに、製品ポートフォリオに量子AIを組み込むに当たって、「顧客が量子テクノロジーをシンプルかつ高速、直感的に利用できる環境を提供する」ことを重要な目標として掲げている。

 SASの量子チームは「研究」「製品」「サービス」の各領域で取り組みを進めている。研究面では、従来の技術と量子テクノロジーを融合させるハイブリッドアプローチの模索を続けている。また、顧客が量子プロセッサへシームレスにアクセスできるツールやトレーニングを含むサービスの開発も進行中だ。加えて、D-Wave Quantumの量子アニーリング、IBMの超電導量子コンピューティングやQuEra Computingの中性原子量子コンピューティングなど、複数の量子コンピューティング企業との協業も推進している。

 これらの活動は、量子AIがもたらす「高速かつ大規模な処理能力」の価値を最大限に発揮できるユースケースに焦点を当てている。具体的には、ライフサイエンス分野での創薬、金融サービスにおけるリスクマネジメント、製造業での材料改良やプロセス最適化などが対象だ。既に顧客とのパイロットプロジェクトも進めている。

P&Gがサプライチェーンの最適化で採用したハイブリッドアプローチ

 その代表例として、Procter & Gambleのクリスタ・コムストック氏(Director, R&D Modeling, Simulation and Digital Innovation, Procter & Gamble)が登壇し、ハリス氏と対話した。

 P&GとSASのパートナーシップは1980年代から続いているが、ビジネスにおける最適化課題に本格的に取り組み始めたのは2000年代初頭のことだ。2022年にSAS Viyaへ移行し、2023年にはモデル改良を実施。これにより、同社の全AI機能のモダナイゼーションを果たした。そして2024年に、量子コンピューティングの適用機会の探索に本格的に着手した。

クリスタ・コムストック氏(筆者撮影)

 ハリス氏は、量子コンピューティングを活用すべきビジネス課題の最適化を説明するために、調理の例を用いた。

 家庭用の5口ガステーブルにそれぞれ鍋やフライパンが置かれている状況を想像してほしい。これから同時並行で10品の料理を作るが、使う食材は数十種類に及ぶ。また家族の中には特定の食材に対してアレルギーがあり、同じ調理道具を使えないなどの制約もある。これら全てを考慮しながら調理を終えるまでにかかる時間はどれほどだろうか。ビジネスの現場では、さらに多くの変数の組み合わせを検証しなければならない。

図4 調理プロセスに似た生産プロセスの最適化(イベント投影資料、筆者撮影)

 この例と同様に、P&Gでも複数の生産ラインで多様な製品を製造している。単純化すると図4の鍋やフライパンはタンクに相当し、それぞれが共有可能かどうかが異なる。例えば、シャンプーのブランド1つをとっても複数の商品があり、限られたタンク内で原材料が混ざらないように配慮しなければならない。設備割り当ての最適化は極めて複雑で、組み合わせの数は10の114乗にも達するという。こうした背景から、量子コンピューティングの活用を検討し始めた。

 P&GとSASの共同プロジェクトでは、大きく3つの方法を検証した。まず1つ目はSAS Viyaの最適化モデリング手法を用いる方法だ。品質と実現可能性は高いものの、処理に約6時間を要した。適用範囲が限定的なら問題はないが、スケール拡大は難しい。2つ目は量子テクノロジーを適用した方法だ。処理時間はわずか2分だったが、品質と実現可能性に課題があった。そこで両者を組み合わせた第三のハイブリッドアプローチを試したところ、処理時間は12分となり、かつ満足のいく品質と実現可能性の結果を得ることができた。

 コムストック氏は、「ハイブリッドアプローチの採用により、スピードとソリューションの質という両方の長所を享受できた。また、学習速度の向上も成果として挙げられる。処理速度が速まればインサイトの獲得も迅速化でき、その分だけより良い結果を目指す探索に時間を割くことができる」と成果をまとめた。

 量子コンピューティングは「10年後の技術」とみられることも多いが、現在では現実的に手の届く技術へと進化している。P&Gがサプライチェーン最適化で得た成果は、新たな課題解決手法が現実のものとなってきたことを示している。

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