SAPのデータ戦略に顧客は追従できるか? 専門家が指摘する導入、活用の課題

SAPは、SAP Business Data CloudによってAI導入の価値を引き出すためのデータプラットフォームを提供するとしている。ただ、その導入状況や実際の活用については明確な成果が見えにくいという声もある。

» 2025年06月12日 07時00分 公開
[Jim O'DonnellTechTarget]

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 SAPによると、「SAP Business Data Cloud」(SAP BDC)はデータ統合プラットフォームである「SAP Datasphere」(Datasphere)の進化版であり、Databricksのデータ管理プラットフォームとの統合もされている。この統合は、SAPのビジネスコンテキストを含む企業データと外部の企業データを結び付けることを目的としている。

 SAPはSAP BDCを、「全ての企業データをつなぎ、AIによってビジネスに価値を生み出すための架け橋」と位置付けているが、その導入状況や実際の活用については、まだ明確な成果が見えにくいという声も聞かれている。

SAP BWユーザーはどうすべき?

 SAP BDCは、従来のオンプレミス型データレイクプラットフォームである「SAP Business Warehouse」(SAP BW)の利用者に対して、クラウドへの現実的な移行手段を提供することも目的としている。

 SAPのデータ&アナリティクス部門でソリューション管理および製品マーケティングを担当するダン・ユー氏(シニアバイスプレジデント)は、「SAP BWの顧客は自社のデータをSAP BDCへ移行し、DatabricksやDatasphereを使ってセマンティックモデルやデータモデルを構築できるようになる」と話す。

 「私たちは、SAP BWの顧客に対して『今あるものを無理に置き換える必要はなく、準備が整ったタイミングでそのまま移行すればよい』と伝えている」(ユー氏)

 SAP BDCにはDatabricksとの統合に加えて、ワークフォースや財務、サプライチェーン、経営計画といった業務プロセス向けに、あらかじめ用意されたレポートおよびダッシュボード、AIモデルなどの機能を提供する一連のアプリケーションも含まれている。

データを巡る課題

 英国およびアイルランドのSAP User Groupの会長であるコナー・リオーダン氏は「データ管理は多くのSAPユーザーにとって優先事項であるためSAP BDCは多くの関心を集めるだろう」と述べた。

 リオーダン氏によると、企業はビジネスのさまざまな部門に分散したデータの扱いに苦労しているという。価値ある情報を引き出すためのツールは存在するものの、データはしばしば孤立したシステムにとどまり、ビジネスのコンテキストを欠いている。

 「企業がAIの取り組みを本格化させる中で、データを統合し、そこからより大きな価値を引き出す能力はこれまで以上に重要になるだろう」(リオーダン氏)

 SAPは2023年にDatasphereを導入し、顧客が組織全体のデータを統合して単一の環境「data fabric architecture」を構築できるようにした。

 ミネアポリスに拠点を置くSAPのパートナー企業であるMindset Consultingのギャビン・クイン氏(CEO)によると、Datasphereは堅実な製品であり、データに関する課題に対応する際に顧客の時間を節約してくれるものの、まだ広く普及しているとはいえないという。

 クイン氏によると、SAP BDCはDatasphereに欠けている幾つかの要素に対応しており、その中にはSAP BWからDatasphereにデータを移行する現実的な手段も含まれているという。

 「BW bridgeというコンセプトはあるものの、それでは顧客のニーズを満たすものではなかった。顧客は過去15年間にわたってSAP BWで構築してきた全てをDatasphereで一から作り直すことは望んでおらず、それがデータ移行の障壁となった。一から作り直すのは、あまりに負担が大きい。顧客は社内環境と外部環境の間に存在するデータのサイロ化にも苦労していた。Databricksとの統合は、SAP以外のベンダーや製品でデータレイクを構築してきた顧客にとって助けとなるはずだ」(クイン氏)

 また、クイン氏は次のようにも述べた。

 「顧客は、それぞれのやり方でSAPから自社の広範なデータエコシステムにデータを複製しようとしている。SAP BDCに組み込まれたDatabricksと、よりオープンなフレームワークによって、これまで顧客がDatabricksへの移行をためらっていた要因が解消されるだろう」(クイン氏)

SAPの優先事項は顧客の優先事項なのだろうか

 ロンドンを拠点とし、SAPの顧客向けにデータ移行などのサービスを提供しているXmateriaのベン・マグレイル氏(マネージングディレクター)によると、SAP BDCはSAPにとっての優先事項であり、AIおよびクラウド、データ分野における収益成長の可能性を強調するものだという。

 また、SAP BDCはデータに関する技術的な重要性を高める役割も果たしている。それは、システムインテグレーターやクラウドハイパースケーラーが主導していたクラウド移行の議論を「RISE With SAP」を使ってSAPのコントロール下に置こうとした動きと似ている。

 「SAP BDCにも同じような側面がある。SAPはデータが『Snowflake』のような外部の統合製品に持ち出されることを好ましく思っていない。SAPはそのような流れをコントロールし、データをSAPの中に取り戻そうとしている」(マグレイル氏)

 マグレイル氏は「しかし同時にSAP BDCは、これまでのAI投資から十分な価値を引き出せていないという顧客の声にSAPが耳を傾けていることの表れでもある」と述べた。

 「顧客は、PoC(概念実証)やパイロットのような小規模なプロジェクトを試しているが、そこから十分な価値を得られていない。SAPは、AIの機能を生かせるアプリケーションを構築し、それがデータレイクであれ『SAP S/4HANA』(S/4HANA)であれ、基幹データとの統合を実現すると述べている」(マグレイル氏)

 マグレイル氏によると、Databricksとの統合により、SAPのデータをさまざまなソースや形式の外部データと統合できるようになる点がSAP BDCの大きな利点だという。

 マグレイル氏は「顧客による導入がされるのかどうかはまだ不透明であり、SAPはSAP BDCとDatasphereの違いを説明する方法を見つけなければならない」と述べた。ただし、データプラットフォームをオープン化することで、レガシーシステムからS/4HANAに移行するもう一つの動機になる可能性がある。

 「S/4HANAに移行する理由はそれだけではないが、今後10年でビジネス向けのAI機能が進化する中で、5年後または6年後に『あのときS/4HANAに移行しておけばよかった』と後悔するような状況にはなりたくないはずだ」(マグレイル氏)

SAPはSAP BDCで攻撃と防御を繰り広げる

 エンタープライズアプリケーションコンサルティングのプリンシパルであるジョシュア・グリーンバウム氏によると、企業のデータとAIへの注目を考慮すると、SAP BDCは同社にとって潜在的に重要な製品となる。

 しかし、SAPにとっての課題の一つは、SAP BDCの潜在的な企業顧客が、SAPのハイパースケーラーパートナーであるMicrosoft Azure、Amazon Web Services(AWS)、Google Cloud Platformといった、同じ領域で競合する複数のベンダーを既に利用している可能性が高い点だとグリーンバウム氏は指摘する。そのためSAPは、使いやすさと適切なアプリケーションで顧客を引き付ける「攻め」と、自社のサービスで顧客を既存の環境に留める「守り」の間で、微妙なバランスを取らざるを得ないと同氏は述べている。

 SAP BWからSAP BDCへのデータの「リフト&シフト」機能は有用だが、ある環境から別の環境へのデータ移行は潜在的に問題を引き起こす可能性がある。特に移行先の環境のデータ構造や機能が異なる場合はなおさらだとグリーンバウム氏は述べている。顧客は、SAP BDCでのデータ利用方法がSAP BWでのデータ利用方法と大きく異なる可能性があるため、このデータ移行には慎重に取り組む必要がある。

 「SAP BDCは、異機種環境全体にわたる多くの高度な分析、意思決定サポート、AI機能の基盤となるが、これは必ずしもSAP BWで実施されることではない」とグリーンバウム氏は語る。

 同氏は、一部の機能がTaulia財務計画の統合など、SAPのクラウドサービス内の既存機能によって既にカバーされているため、SAP BDCの新しいアプリについてより明確な説明を求めている。

 「Insightアプリは全く新しいアプリケーションとして販売されており、興味深いものだが、それが市場ですでに提供されているものとどのように適合するのかは大きな疑問だ」とグリーンバウム氏は語った。

 「SAPはSAP BDCがどのように機能するかについてさらに詳細を提供する必要があるが、これはエンタープライズAIデータにとって重要なステップである。SAPは、データ管理とデータ品質に関して明確な方針を立てる必要がある。なぜなら、あらゆる形態のAI、分析、意思決定支援が根付くのはここだからだ」(グリーンバウム氏)

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