グーグル・クラウド・ジャパンは年次イベントで、生成AIとAIエージェントがビジネス価値を高める未来像を示した。本稿では「Gemini」の進化や企業の導入事例が紹介された初日の基調講演の内容を伝える。
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グーグル・クラウド・ジャパンは2025年8月、都内で2日間にわたって年次イベント「Google Cloud Next Tokyo'25」を開催した。
同イベントの中心テーマは「Google Cloud」が提供する生成AIとAIエージェントによる、ビジネス価値の向上である。本稿では、イベント初日基調講演の内容をレポートする。
講演のオープニングに登場したグーグル・クラウド・ジャパン代表の平手智行氏は、生成AIとAIエージェントの効果について次のように話す。
「企業のDXが進み、業務ごとに最適化が進んだ一方で、社内外にデータが散在する状況が生まれている。この課題に対してAIエージェントは、業務ごとのツールを横断して情報を収集し、エンドツーエンドの業務を代行できる。従業員のスキルを補完して、人材不足の課題にも対応できる」
その上で、「同イベントではGoogleの生成AIである『Gemini』の目覚ましい進化と、最新のGoogle Cloudを活用していかに革新的なAIエージェントを構築できるか、最新事例を紹介する」と説明する。
平手氏は続けて、拡張を続けるGoogle Cloudのアップデートについて説明した。Google Cloudはこの1年で3000以上のプロダクトの改良が実施されている。また世界42リージョンを全長320万kmの地上・海底ファイバーネットワークがつないでいる。2025年4月に発表した「Cloud Wide Area Network」により、企業はGoogle Cloudを自社の拠点間ネットワークにも利用できる。「これにより、企業はネットワークの総保有コストを約40%削減できる」(平手氏)。
世界で900万人以上の開発者が利用するGoogle Cloudの開発環境についても、生成AIの導入が進んでいる。AI開発プラットフォームの「Vertex AI」でGeminiを利用する量が40倍に増加しているという。
平手氏は、企業が生成AIを利用する際のコンプライアンスの重要性にも触れ、イベント当日時点で最新の「Gemini 2.5」シリーズでは推論を実施することにより確実な回答が得られると説明する。同モデルは東京リージョンでも稼働するため、国内でAI処理を完結できるようになった。
一方で、データ主権に対応したクラウドのビジネス利用を推進するため、オンプレミスのデータセンターでGoogle Cloudのフルマネージドサービスを提供する「Google Distributed Cloud」(GDC)の提供も発表している。
「GDCの利用により、機密性の高いデータを保持しながら最新のGeminiを用いた生成AIのワークロードを自社データセンターの中で完結できる。既にKDDIが2025年度中に大阪堺のデータセンターに組み込む予定だ」(平手氏)
さらに、インターネットから完全分離した環境でデータを扱える「Google Distributed Cloud エアギャップ」も用意されており、NTTデータが再販パートナーとして契約を締結したことも発表された。
Google Cloudは「AIに最適化したプラットフォーム」を標榜し、インフラからデータ基盤、AIモデル、AI運用基盤、エージェント・アプリケーションの5層のフルスタックでサービスを提供する。Googleは2025年だけで約12.7兆円のAI開発投資を実施する。これは前年比73%増の巨額投資になる。
この投資による技術開発動向について、GoogleのCloud AI担当バイスプレジデント&ゼネラルマネジャーを務めるサウラブ・ティワリ氏が説明した。
まずAIモデルについて、Geminiは既に国内でも幅広い業種の企業で利用されているという。Gemini以外にも、動画生成の「Veo」や画像生成の「Imagen」、音楽生成の「Lyria」、そして音声生成の「Chirp」はこの1年で著しい進化を遂げている。
「動画生成のVeo 3はテキストプロンプトの微妙なニュアンスを理解し、数分で高品質な4Kの動画を生成できる業界をリードするモデルである。生成した動画にはウォーターマークを付与し、それが生成されたものであることの確認を容易にする。直近で、より高速に動画を生成できる『Veo 3 Fast』もリリースした」(ティワリ氏)
Veo 3はカメラプリセット機能を備え、あたかもカメラで撮影したような動画作品を生成できる。これとシナリオ制作の自動化などを組み合わせることで、動画広告の制作プロセスは大幅に短縮され、制作スタッフは複数のプランを同時に検討できるようになるという。「GoogleはGeminiを含めた5つのAIで、全てのモダニティに対応した生成系メディアモデルを提供する唯一の企業だ」(ティワリ氏)
また、Googleは生成AIについて補償を実施し、ユーザーを保護することを宣言している。「お客様に安心してAIを使ってもらうため、Google Cloudの学習データ、生成AIによる出力物の両方について、著作権などにかかわる問題が生じたときは、当社が補償する」とティワリ氏は語った。
開発基盤であるVertex AIについても開発者向けの支援機能が強化されている。ローコードでAIエージェントを開発でき、Googleの基盤モデルだけでなく、Anthropicの「Claude」、Metaの「Llama」などのパートナーモデルやオープンモデルも利用できる。それらのモデルの利用状況も可視化し、コスト管理を容易にする。多くのデータベースに接続が可能で、既存の情報源による裏付け(グラウンディング)の機能も備える。
AIエージェントの課題は、業務プロセスを担うアプリケーションとデータの連携を開発する複雑さにある。この課題に対してGoogle Cloudは、企業がAIエージェントの開発と導入をしやすくするフレームワーク「Agent Developer Kit」(ADK)を提供する。マルチエージェントに対応し、他のエージェント開発環境で作ったAIエージェントを、Google Cloudが提供する事前定義型のエージェントのパッケージと統合できる。
エージェント同士が直接通信する「Agent2Agentプロトコル」も提供を開始している。これによってさまざまな企業が提供するAIエージェント同士が連携するプロセスを構築できる。
より簡易的にAIエージェントを構築するプラットフォーム「Google Agentspace」の提供も開始した。Googleが事前に定義したエージェントやさまざまなデータソースへのアクセスを提供し、複数のエージェントが人間のように分業しながらタスクをこなすシステムも構築できる。
「AIをオープンにするという当社の信念と、Microsoft、Amazonなど多くのパートナーの賛同によって、このプロトコルは定義されている」(ティワリ氏)。ステージでは、AIエージェントの連携によって業務が自動化される様子が、架空のエレベーター保守会社のデモによって披露された。
基調講演では、既にGoogle Cloudを活用する企業のリーダーが次々とステージに登場し、自社のAI活用を紹介した。
最初に登壇したMIXIの木村弘毅氏(代表取締役社長 上級執行役員CEO)は「当社はインターネットの黎明期にSNSの『mixi』を、またスマートフォンの普及期にはゲームの『モンスターストライク』を生み出してきた。そして今は、AIという新たな技術の波に乗り、最高のコミュニケーションサービスを生み出す大きなチャンスと捉えている」と話す。
クリエイティブな仕事に時間を使いたい同社では、管理業務の自動化に積極的だ。「ご飯を食べるための“ライスワーク”から、“生きがいを感じられる“ライフワーク”へ、AIの力を借りて、楽しいことだけを仕事にできる環境を作っていく」(木村弘毅氏)
長年「Google Workspace」や「BigQuery」を使用していて、Google Cloudにデータの蓄積がある同社にとって、今後のAIエージェントの高度化に合わせ、最新のAIが使えるGoogle Cloudはベストパートナーであると木村弘毅氏は言う。
同社はGoogle Agentspaceの導入を進めており、社内のAIエージェントを同プラットフォームに集約し、AIの連携による業務支援の実現を目指す。一例として、スマートフォンゲームのコラボ企画のマーケティングアイデアをAIが連携してレポートにまとめる様子をデモで見せた。
メルカリはカスタマーサービスにGoogle CloudのAI機能を採用している。同社はAIをあらゆる領域で導入しているが、特にカスタマーサポートに注力しているという。「Customer Engagement Suite with Google AI」を導入し、24時間のセルフサービスや有人チャットへのスムーズな連携、問い合わせへのリアルタイムの回答候補、感情分析などを実現した。
同社執行役員CTO(最高技術責任者)の木村俊也氏はGoogle Cloudを採用した理由について、「Googleの技術をフルに搭載し、カスタマイズが容易なこと、さらに社内で既に使っているGoogle Cloud基盤との連携によって、コンタクトセンターがサービスの一部として活用できるからだ」と話した。
続いて、ビジネスアプリケーションのGoogle WorkspaceのAIによる機能強化について、Google Cloudグローバルスペシャリティセールス Google Workspace事業本部 ソリューション営業部 部長の佐瀬郁恵氏が説明した。
Google Workspaceは2025年1月にGeminiを統合して以来、ユーザーによるAIの利用が急拡大しており、現在、AIアシスト利用が毎月20億回を超えている。日本企業でも導入が進んでおり、日本テレビ放送網では「Gemini Deep Research」とリサーチアシスタントツールの「NotebookLM」をリサーチ業務に活用、これまで専門家や外部のコンサルタントが5日間かけていた調査レポートを数十分で生成することに成功している。
「映像、音声などを推論できるAIの導入で、仕事の仕方は大きく変わっている。例えば『Google Meet』の音声翻訳機能は、話し手の言語をリアルタイムに翻訳し、話し手の声質で再現できる」(佐瀬氏)
業務アプリケーションへの生成AIの組み込みも進む。顧客のSNSへの書き込みなどを「Google スプレッドシート」に貼り付け、テキストの内容から顧客の感情を判定して一覧表示することも、簡単なスクリプトの設定で可能になる。従来は手作業が必要だったプロセスを自動化し、大幅な効率化を実現する。
Google Workspaceのユーザー企業として、GeminiとNotebookLMの全社導入を決定した博報堂が登壇した。同社代表取締役社長の名倉健司氏は、「当社は“人間中心のAI”を掲げており、AIに『正解』を求めるのでなく、人の創造性を拡張させるために『別解』を出すパートナーと位置付けている」と話す。AIの定着に向け、若手が上司や役員のスキルアップを指導する「逆メンター制度」も導入し、本気でAI活用を進めている。
既に32年分のプランナーの業務を学習した独自のAIが稼働しており、現役プランナーの壁打ち相手として、クライアントへの提案のブラッシュアップに役立てている。
「Geminiを選んだ理由は、多様な得意先、パートナーに対応し、マルチフォーマットの出力ができる柔軟性の高い基盤であることが大きい」(名倉氏)
Google Workspaceは企業だけでなく公共セクターでも導入が進んでいる。全国の自治体で採用が増えており、2025年度は前年比233%伸張している。その一つの札幌市では2025年5月から、1万6000名の職員全員の業務環境をGoogle Workspaceに移行した。
講演に登壇した、同市デジタル戦略推進局 情報システム部長を務める小澤秀弘氏は「NotebookLMで資料のまとめを数分で実行するなど、既に職員の働き方に変化が出ている。さらに、Geminiで蓄積したデータを分析することで、新たな課題に気付くこともある。業務の効率化を実現し、創造的な活動を増やすことにつながり、市役所が内側から変わっているのを実感している」と話した。
Google Cloudのフルスタックのクラウド階層のそれぞれでAIの導入が図られ、多くの企業の業務をAIネイティブに変えようとしていることが実感できる基調講演だった。
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