市民開発にはさまざまなメリットがあるものの、定着にはツールの整備だけでなく組織づくりや風土の醸成も重要だ。成功企業に従業員を“その気”にさせるコツを聞いた。
ノーコードツール「kintone」(キントーン)は、操作性からIT部門以外の従業員が業務アプリを開発しやすく、「市民開発」を行いやすい。しかし、市民開発の実践には幾つかの課題が足かせになる。
どうすれば市民開発が浸透するのか。サイボウズが2025年10月に開催した「Cybozu Days 2025」に東急とロジスティードが登壇し、両社で市民開発プロジェクトをけん引するリーダーが組織づくりや意識変革の進め方を説明した。
東急は東急(株)連結各社の事業持株会社で、東急電鉄や東急百貨店などを傘下に持ち、直営で不動産事業を担っている。
東急の千野陽太氏は、市民開発プロジェクトを立ち上げるタイミングで同社にジョイン。2024年9月の入社と同時に、kintoneを中心にした市民開発事務局の設立準備が始まった。同事務局は現在、東急(株)連結各社全体の市民開発の促進と定着支援を行っている。
同社が市民開発を推進する背景には、システム導入に至らないようなささいな業務効率化の要望を拾い上げ、従業員がデジタル技術を活用して業務を変えるという方針があるからだ。
千野氏は前職でシステムの開発やデジタル/IT人材の育成に携わり、デジタル関連組織の失敗を何度も見てきた。変革のためにワーキンググループやタスクフォースをつくっても、通常業務を兼務する参加者が多ければ多いほど権限があいまいになり、合意形成が難しい。千野氏は経験を踏まえて次のように語る。
「逆に成功する組織は、少人数でも専任の推進組織であること、検証を欠かさないこと、そして何よりも推進メンバー全員が責任感を持って『これを達成するぞ』という思いを共有していました」
市民開発の推進メンバー全員がプロジェクトの目的を自分ごととして、責任を持つためのビジョンが必要だと千野氏は考え、自分たちが何者で、何をしようとしているのかを明確にすることにした。
ビジョン作成のポイントは2点ある。一つは、最初にワークショップを設けて自分たちの思いを可視化することだ。千野氏はメンバーと共に「何を実現するか」「実現に向けてどんな考えでどう行動するか」を書き出した。
「ワークショップは対面で行い、メンバーは起立したまま議論することをお勧めします。『否定的なことを言わない』などの基本的なルールを設定し、あとは自由に話します。タイミングを見て上長を巻き込むことも重要です」
もう一つは、会社や従業員のことを理解することだ。東急への入社と同時に市民開発を任された千野氏は、事業理解を深めるために多くの部門を訪れ、関係者に現状を聞いて回った。そこで見えたのは、「世界が憧れるまち」を実現するための意欲、顧客のために部門間で積極的に連携する姿勢やお互いをリスペクトする姿だった。一方で、IT活用に関しては苦手意識を持っているように見えた。
「事業を進めるには、ITは事業と密接に関わる必要があります。しかし、多くの従業員はITを専門外と捉えているように見えました。そこで市民開発を説明する際は専門用語を排除して、従業員が分かる言葉で伝えることが重要と考えました」
DXや市民開発といった用語も使わないようにしてつくったビジョンが「私たち事務局は、当社グループ従業員の『やりたいこと』実現への選択肢を増やします」だった。
「市民開発事務局のポータルサイトやイメージキャラクターをつくるなど、ビジョンを説明するときの親しみやすさを追求したことは好評でした」と千野氏は語った。分かりやすさを前面に打ち出したことで市民開発は口コミで社内に浸透し、協力者も現れたという。
結果、プロジェクトの立ち上げから5カ月間でkintoneのライセンスは450件、稼働アプリは80に上り、一部のアプリだけでも累計2000時間以上の業務削減効果を生み出すなど、順調に進めている。
「市民開発の推進は、メンバーと一緒に『何を実現する組織か』を議論し、ビジョンとして見えるようにすることが重要です。ビジョンはつくって終わりでなく、発信し続けていることがポイントです。うまくいかないことがあってもビジョンをよりどころにして軌道修正をしながら目的を達成します」
ロジスティードの松本和久氏は、市民開発人材育成プロセスについて説明した。
総合物流企業である同社は、3PL(サードパーティーロジスティクス)で国内有数のシェアを誇り、国内外の物流事業でDXを積極的に展開している。
松本氏は2018年からRPA推進リーダーを務め、市民開発に取り組んできた。2021年からはkintoneを全社に展開し、ノーコード開発やAI活用の全社推進と人材育成をリードしている。取り組みの重要性について、松本氏は次のように語る。
「企業がITとデータを活用して競争力を高めるには、従業員のITリテラシー向上が必要です。市民開発はそのための有効な手段であり、単に開発リソースを確保するのが目的ではありません」
松本氏も千野氏と同様に、市民開発の目的を明確にしてそれを「自分ごと化」することが重要だと言う。
「従業員がシステムに不満を持つのは、システム構築に参加しておらず、システムやデータの意味を理解できていないことが原因であるケースが多いです。従業員が新しい業務プロセスをつくる過程に参加すれば、システムやプロセスに価値や愛着を感じるようになるでしょう」
市民開発の進め方にはトップダウン型とボトムアップ型があるが、それぞれに一長一短がある。
「どちらから始めてもよいのですが、そのままではいずれ行き詰まってしまいます。ゆくゆくは両方の要素が入った『ハイブリッド型』を目指すことで、双方のメリットを享受できます」
市民開発の推進にはKPIも必要だ。進捗(しんちょく)を確認できないとモチベーションの維持が難しいため、松本氏は業務削減時間やROI(投資対効果)などの結果だけでなく業務アプリの開発数や開発者数、ユーザー数、スキルレベルなどもモニターすることを推奨する。
「ITスキルの習得や業務プロセスの見直し、モチベーションやエンゲージメントなど、市民開発にはさまざまな付帯効果があります。これらの効果がDXを推進し、多くの人が参加することで新たなアイデアが生まれ、企業全体の文化を変える力になります」
市民開発の推進体制について、ある程度規模が大きい場合はCoE(Center of Excellence)体制を採ることが望ましいと松本氏は述べる。ロジスティードは人事総務本部のVC(Value Creation)センターがkintoneの推進を統括している。
市民開発に参画するメンバーのITスキルやリテラシーには大きなばらつきがあった。そこでIT教育の体系を一から見直し、従業員を「アンバサダー」「パワーユーザー」の2カテゴリーに分けて段階的に学べるようにした。対面型教育を重視しており、参加者にも好評だという。
「スキルを教えるだけではうまくいきません。参加者が業務を変えるというマインドを持つことが最も重要です。特にビギナーにはマインドセットを意識した教育を実施しています」
同社には3300人以上のkintoneユーザーがおり、開発した業務アプリは4000以上、業務削減時間も計1万3000時間を超えた。松本氏は「市民開発は時間がかかる取り組みですが、やり切れば企業文化まで変えるほどの大きなポテンシャルがあります」と語る。
「市民開発の推進時に困ったことをどう乗り越えたか」という質問に対して、松本氏は「参加者によってリテラシーの差が大きく、教育の場が“パソコン教室”になることがありました。最低限のルールを決めて、かつノーコードの良さを失わないようにバランスを見つけることに苦労しました」と話す。
「市民開発で雰囲気づくりの工夫は」という質問には、千野氏が「教育や体験会では、小さなことでいいので褒めるのが非常に重要です。実際にめきめきスキルアップした従業員もいます」と答える。
2人は最後に、市民開発の担当者に向けてメッセージを送る。
「市民開発は社外の横連携も非常に大事なので、社外の仲間との対話を積極的にしてみてはいかがでしょうか。私も今回、ロジスティードさんとの情報交換が非常に参考になりました」(千野氏)
「市民開発は大変ですが、めちゃめちゃ楽しい仕事です。人を巻き込んで、その人の目がキラキラしてくる姿を見るのはうれしいですし、その過程を楽しんでほしいです」(松本氏)
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