製造業のDX推進を阻む「ITリソース不足」と「現場の抵抗」の壁を、アイホンと山陽特殊製鋼はkintoneで乗り越えた。業務を熟知した担当者がkintoneで業務アプリを開発し、現場の抵抗感を払拭(ふっしょく)することで、全社へと展開が進んでいる。さらに、ガバナンスルールを整備してリスクを抑えながら業務改善を進める体制も構築。どのようにして成し遂げたのか、その具体的なプロセスに迫る。
製造業のDXを阻む主な壁として、ITリソースの不足と製造現場のニーズ把握の困難さが挙げられる。情報システム部門は既存業務で手いっぱいであり、事業部門にはシステム開発のスキルが足りない。この二重の制約をいかに乗り越えるかが課題となっている。
サイボウズが2025年10月に幕張メッセで開催したイベント「Cybozu Days 2025」で、創業77年のインターホンメーカーのアイホンと創業92年の特殊鋼メーカーの山陽特殊製鋼がこの課題の解決策を語った。両社合計で1600人超にノーコード開発ツール「kintone」(キントーン)を全社的に浸透させていくプロセスに、製造業におけるDX推進を成功させる鍵があった。
アイホンは2017年にkintoneの導入を決めた。背景には、業務ノウハウが個人の知識にとどまり、共有・活用ができないという属人化の問題があった。かつて営業部門に所属していた鈴浦直樹氏は当時をこう振り返る。
「営業担当者の活動情報はそれぞれの頭の中にだけ存在しており上司は把握できていないという課題があったため、SFA(営業支援システム)などの情報共有の仕組みが必要でした。しかし、情報システム部門に依頼してもリソース不足で待たされる状況が続いていました」
山陽特殊製鋼も同様の課題を抱えていた。纉淳弘氏は導入の経緯をこう説明する。
「全社でDXを推進する方針が打ち出されていましたが、情報システム部門はリソースが不足していてシステムの開発や改善ができていませんでした。製造現場は自分たちが欲しい業務アプリをすぐに開発できるツールを求めており、kintoneに白羽の矢が立ちました」
両社に共通するのは、情報システム部門ではなく営業部門や製造部門の担当者が業務アプリ開発を主導したことだ。ITリソースの制約を逆手に取って業務を熟知した担当者が開発する。この発想の転換が、両社のkintone浸透の起点となった。
山陽特殊製鋼はかつて、製造現場の日報や検査記録に関する煩雑な入力・転記作業が生じていた。製造現場で手書きで作業実績を記録し、それをホストコンピュータに入力する。出力された紙の帳票を見ながら「Microsoft Excel」(以下、Excel)に転記する。月報作成のために、さらに別のExcelに転記する。この非効率な作業フローに、纉氏は疑問を抱いた。
纉氏は作業実績を入力する業務アプリをkintoneで作成した。担当者はスマートフォンやタブレットからkintoneに直接情報を入力し、CSV出力で月報の作成まで完結するワークフローを構築した。同氏は、「製造現場の担当者もkintoneの便利さを理解してくれました。紙とExcelの運用にはもう戻れません」と手応えを感じている。
こうしたkintoneの成功事例は、他部署や新事業にも広がった。纉氏が手掛けるドローン事業での利用もその一つだ。ドローンを飛ばす際は飛行記録をつけることが航空法で義務付けられているが、国土交通省の定める様式は使いにくい。飛行記録作成アプリをkintoneで開発したことで飛行記録や点検記録をスムーズに入力できるようになった。100時間ごとの定期点検の時期も自動で通知するようにして運用効率を大幅に向上させた。
他にも、秘書室の配車予約システム、営業部の見積書発行アプリ、社内診療所の健診管理システム、24時間交代勤務をしている職場の申し送りアプリなど、急速に全社へと拡大した。導入開始から2年が経過した現在の利用者数は300人を超えている。業務効率化に貢献するだけでなく、現場の自律的な改善文化の醸成にもつながっている。
アイホンは営業担当者が使う商談記録アプリをkintoneで作成してスムーズな情報共有を実現した。担当者が商談記録に登録すると電子メールで上司に通知され、翌朝には上司から活動指示のコメントが入る。このスピーディーなやりとりが機会損失のない営業活動につながっている。鈴浦氏がkintoneの利用拡大に当たって徹底したのは、社内文化の変革だった。
「電子メールでは『お疲れさまです』『お願いします』など、形式的な挨拶(あいさつ)や定型的な表現がありました。kintoneのコメントにはそれらを記載する必要はないと言い続け、本質的な情報だけを共有してもらうようにしました。この習慣が定着したことで、社内の文化や習慣が少しずつ変わりました」
建築業界では工事期間が数年に及ぶ案件が多く、その間に営業担当者が変わることもある。関連レコード機能を使って商談記録を案件にひも付けることで、過去のやりとりを時系列で把握できるようになった。
kintone利用拡大の決め手となったのは、全従業員が使う連絡書アプリだ。日常業務のさまざまな申請と承認をこの業務アプリで処理することで、従業員がkintoneの通知機能やコメント機能の便利さを体験した。この「強制的な体験」が認知拡大につながった。従業員が自身の他の業務にもkintoneを展開する動きが生まれた。
便利なツールを導入したからといって、すぐに事業部門が使い始めるとは限らない。新しいシステムへの抵抗は、どの組織でも起こり得る。この壁を2社はどう乗り越えたのか。
山陽特殊製鋼には、先人が築いた技術を守ることに誇りを持つという風土がある。この伝統が、新しいツールの導入時には障害となった。kintone導入時は、「昔からやっている業務に、なぜ新しいものを使わないといけないのか」「Excelで足りている」という声があったという。
そこで纉氏が取った対応は、説得ではなく実演だった。自ら業務アプリを作り、使ってもらう。使った担当者から好意的な声が上がる。すると隣の部署が動き出す。
「業務アプリが浸透するに従って、『あの部署は楽していていいな』という感情が他部署に生まれます。そして『うちも楽させてよ』という依頼が私のところへ来るようになりました」
依頼されてもすぐに作るのではなく、「簡単だから、自分で作ってみなよ」と促し、一緒に開発方法を考える。完成すると「できた、簡単だよね」という成功体験が生まれ、次の部署へと広がる。纉氏は、この一連の流れを「便利は抵抗を溶かす」と表現した。
アイホンの鈴浦氏が導入期に最も意識したのは、kintoneを押し付けないことだ。「大事なのは、ユーザー自身に『kintoneを使えば自分たちの困り事が解決するかもしれない』と思わせることです」と同氏は話す。
鈴浦氏は営業部門との対話を例に挙げた。「何に困っているのですか」と尋ね、「活動記録を共有できない」「上司への報告が面倒」「案件単位で履歴を振り返りにくい」といった具体的な課題を引き出す。これらに対してkintoneを使った解決策を一つ一つ提示する。このようにユーザーの困り事を解決することで、kintoneへの信頼は全社で高まっていった。
さらにアイホンでは、ほぼ全社員がkintoneを利用できるフェーズに入ると、ガバナンスを考慮して情報システム部門主導で「開発ルール」を明確にした。kintoneの便利さに気付いた従業員は、何でもkintoneで作りたがるようになる。この「良い意味での中毒性」に明確な線を引き、kintoneがなくなると業務ができなくなる領域は開発を禁止した。
売り上げや請求といった財務報告に関わる業務は、権限管理や履歴管理の制約に厳しいルールが設けられる。これらを全てkintoneで実現するのは現実的ではない。専用パッケージを使うべき領域と、kintoneで対応する領域を明確に分けた。同様に、属人化しやすいJavaScriptによるカスタマイズも禁止した。どうしてもカスタマイズしたい場合は、プラグインや連携サービスを使うという方針を採用している。ガバナンスルールの整備によってリスクを抑えながら、kintoneによる業務改善を進めることが可能になった。
両社は便利さの実感と地道な教育活動の組み合わせによってkintoneの利用を拡大した。抵抗を力で押し切るのではなく、価値を示し、寄り添い、継続する。この実直なアプローチが全社展開につながった。
ツールの便利さを理解しても、日常業務に組み込まれなければ定着しない。アイホンの鈴浦氏が重視したのは「習慣」という視点だ。あるkintoneユーザーとの情報交換で、鈴浦氏は重要な気付きを得た。その企業は週報の提出と集計をkintoneの業務アプリに置き換えたが事業部門から反発はなかった。もともと週報を登録する習慣があったため、従業員は「ツールがkintoneに変わった」程度にしか感じていなかったという。
この話を聞いて鈴浦氏は、習慣の重要性に気付いた。新しい業務フローを事業部門に強いるのではなく、既存の習慣にkintoneを乗せるというアプローチが効果的だということだ。アイホンで習慣化に最も貢献したのが前出の連絡書アプリで、全従業員が利用せざるを得ない業務アプリだ。
成功の要因は、業務アプリの見た目を変えなかったことにある。Excelで作られた帳票のレイアウトは踏襲した上で、名前や所属の入力、押印といった手間のかかる作業だけをkintoneで簡略化した。操作性は向上したが、見慣れた様式は変わらないためスムーズに受け入れられた。
この「使わざるを得ない業務アプリ」を通じて、従業員はkintoneの通知機能やコメント機能を体験する。この強制的な体験が他の業務アプリへの心理的なハードルを下げ、認知拡大につながった。
山陽特殊製鋼の纉氏は、kintoneの限界も率直に認めている。
「kintoneは、かゆいところに手が届かない点があるのも事実です。ノーコード開発ツールは何でもできる魔法のように思われますが、そんなことはありません。業務に利用するには、知恵と工夫も必要ですし、ある程度の妥協も求められます」
アイホンと山陽特殊製鋼の事例が示したのは、「習慣に乗せ」「使わざるを得ない仕組みをつくり」「現実的な期待値を持つ」という3つの視点だ。これらの視点がkintoneの持続的な活用を支え、製造業のDX推進を成功へと導く鍵となるだろう。
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