多くの企業で従業員の高齢化や人材の流動化が進む中、業務ノウハウをいかに継承するかは喫緊の課題だ。「ベテラン従業員の退職とともにノウハウも消えた」という事態を回避するために、日産自動車の購買部門が選んだのは「AI×kintone」だった。
多くの企業で従業員の高齢化や流動化が進む中で、業務の属人化を防ぎ、ノウハウをいかに引き継ぐかが重要な課題になっている。特にベテラン従業員のノウハウは業務知識にとどまらず、製品やサービスの質を確保する「企業の財産」とも呼べる。ノウハウが文書にまとめられていても、それが活用されていなかったり従業員の退職によって失われたりすることは、企業にとって大きな損失だ。
日産自動車の購買部門は、自社が開発した業務アプリ「みんなで育てるAI」とサイボウズのノーコード開発ツール「kintone」(キントーン)を組み合わせて活用することでこの課題の解消に成功した。
同社は課題解消のためにAIをどのように活用したのか。AIの連携先としてなぜkintoneを選んだのか。サイボウズが2025年10月に開催したイベント「Cybozu Days 2025 ノーコードAIランド」で語られた内容から、課題解決のヒントを探る。
日産自動車とkintoneの出会いは約10年前にさかのぼる。当時、同社の購買部門は変化にスピーディーに対応できるシステムを求めていた。購買部門の業務環境の変化は速く、それに合わせて変わる部門の活動目標に業務をいかに対応させるかが課題だった。
同社の塩田千賀子氏は次のように振り返る。「為替の変動や原材料費の値上げに合わせて、取り組むべき課題や優先事項といった活動目標も変わります。それに迅速に追随できるシステムが必要でした」
外部委託による従来のシステム開発は数カ月を要していたため内製化する仕組みを構築することになり、2016年にkintoneの利用を始めた。kintoneによって市民開発の環境を手に入れた購買部門は、迅速かつ柔軟な変化対応力を身に付けた。
それから約10年後、購買部門に新たな問題が浮上した。業務の属人化やベテラン従業員の退職などによる業務ノウハウ断絶の危機だ。購買部門でシステム開発を担当する根上崇氏はこう語る。
「当社に限らず、日本企業はベテラン従業員の高齢化や人材の流動化が進んでいます。ベテラン従業員の退職とともにノウハウも失われてしまうという危機感がありました。業務が属人化すると、特定の従業員に問い合わせが集中することも課題でした」
kintoneの導入後、購買部門はパートナーの日立ケーイーシステムズに情報を定期的に共有しながら、順調にシステム開発を続けてきた。一方で、業務の属人化を解消するためには、kintoneの活用方法や業務知識をより広く浸透させる余地があった。「この状況をどうすれば改善できるか考えていたときにkintoneにAIが搭載されることが分かり、これが転機になりました」(根上氏)
それが、2025年4月からβ版の提供が始まった「kintone AIラボ」だ。
kintone AIラボは検索機能を搭載しており、文書と連携すればRAG(検索拡張生成)が実現する。ここに根上氏らは目を付け、業務アプリとしてみんなで育てるAIを開発することを決めた。
みんなで育てるAIの名付け親になったのが、日産自動車の吉村孝之氏だ。吉村氏は開発の背景についてこう話す。
「人から人への継承だけではノウハウを完全に引き継ぐことは難しいという前提に立って、みんなで育てるAIを開発しました。AIツールには『どんな質問にも答えてくれる最初から万能のもの』というイメージがありますが、われわれが目指したのは業務ノウハウを蓄積することで回答精度を向上させるAIです」
みんなで育てるAIのコンセプトは、その名の通り「育てる」ところにある。「人を育てるようにAIにノウハウを教えることで、最初は何も知らない赤ん坊のような状態でもやがて一人前になり、将来的には『百人前』になる可能性があります」(吉村氏)
みんなで育てるAIの構築プロセスについて、根上氏は次のように説明する。
AIの利用に当たっては、応答内容の信頼性をいかに確保するかがカギだ。日産自動車の購買部門は、AIの処理プロセスに人が介在することで信頼性を高めるHITL(ヒューマンインザループ)に取り組んでいる。
「当社はノウハウを持ったベテラン従業員を“匠(たくみ)”と認定しています。匠がAIの回答が正しいかどうかを検閲することによって精度を向上させ、信頼性を高めています」(根上氏)
AIの正答率を示す回答精度は、当初の約40%からプロンプトの書き方などの工夫もあり、約70%に向上した。今後は精度80〜90%を目指すという。
ドキュメント化されていない業務ノウハウの霧散を防ぐため、「匠のノウハウの吸い出し」も行っている。AIが学習していない内容を匠に質問して、匠が応答した内容がkintoneに自動的に登録される仕組みだ。
AIを活用したノウハウの伝承においては、AIに知識を教えたがらない従業員の存在が障壁になる。しかし、日産自動車の購買部門には「私が会社を去る前に、知っていることは全て置いていきたい」と意気込む従業員が多いという。
みんなで育てるAIの稼働環境にkintoneを選んだ理由について、塩田氏はこう語る。
「ITリテラシーが高くないユーザーにとってもkintoneは親しみやすく、使いやすいツールです。約10年間使ってきたkintoneを新たに導入するAIと連携させることは、われわれにとって自然な流れでした」
みんなで育てるAIの導入成果は上々だ。前述したように、多くの人が使うことでAIを育てるというのが、みんなで育てるAIのコンセプトだ。使いやすさを追求したUIが功を奏し、利用開始から10日間で約500人が在籍する購買部門の約80%が利用し、約400件の質問が投稿された。
「購買部門の従業員は、ITリテラシーが高い人ばかりではありません。こうした中で、みんなで育てるAIの必要性を丁寧に周知したことで理解が進み、匠に認定されたベテラン従業員だけでなく他の従業員からもさまざまな改善提案が届いています」(吉村氏)
みんなで育てるAIの導入には試行錯誤もあった。特に工夫したのが、AIが扱うノウハウや情報が、どの業務分野や領域に関するものなのかを整理するカテゴリーの分け方だ。
当初、FAQシステムのカテゴリーを当てはめたところ、質問が集中するものと使われないものが出て偏りが生じた。「このままでは現場のニーズを満たせず、非効率な運用になる可能性がある」と考えた購買部門は、みんなで育てるAIのカテゴリーを再構築した。「カテゴリーを正しく設定することは、かゆいところに手が届くシステムを作る際の重要なポイントです」(根上氏)
「空白地(知)」が発生しないように注力したとも根上氏は語る。匠が退職すると、その人が得意としていた領域に空白が生じて、ノウハウがたまらなくなる。これを「空白地(知)帯」と呼んでいる。領域を引き継ぐ新たな匠に、空白を埋める役割を担ってもらうという対策を取っている。
ただし、匠になることに難色を示す従業員がいるため、「部門の担当役員などに働きかけて、部門の課題として取り組み、本人が動きやすい形で匠を務めてもらえるようにしています」(根上氏)
AIの利用で欠かせないのが、情報の正確性をいかに確保するかだ。購買部門が扱う情報は取引先と共有するため、情報に誤りがあるとその影響が広範囲に及ぶ。「AIの回答を参考にする場合も、最終的に判断するのは人です。責任者が誰かを明確にすることが必要です」(根上氏)
みんなで育てるAIとkintoneの組み合わせについて、購買部門は「想定以上の結果を出している」と評価する。ツールの名前通り、従業員みんなで育てるために勉強会や研修会を繰り返し開き、精度のさらなる向上とノウハウの蓄積に取り組む予定だ。
塩田氏は今後の展望として「kintoneの活用はアイデア次第です。海外の拠点やグループ会社とも連携したいと考えています」と語った。
根上氏は「当社はkintone AIラボのβ版提供開始から約半年でシステムを稼働できました。まだkintone AIラボを使っていない方は使ってみてください。お互いにアイデアを持ち寄れたらうれしいです」と話す。
最後に吉村氏は「最初から100点を目指さず、人を育てるようにAIを育てることで精度が上がり、ノウハウが会社の財産として蓄積されて貢献し続ける業務アプリが実現しました。自律型のAIエージェントが実現する未来もあります。これからも丁寧にAIを育てたいと考えています」と意気込みを語った。
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