レガシーシステムを抱える企業の多くが動き出せずにいる中、JFEスチールは当初計画から約2年前倒ししてシステム刷新を完了させた。一度は挫折した同社は、なぜ2度目のチャレンジに成功したのか。
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「2025年の崖」の年度が終わろうしている今、日本の大企業の74%はいまだに老朽化したITシステム(レガシーシステム)を保有している(注1)。こうした状況を前に「ITmedia エンタープライズ」編集部は、レガシーシステムの刷新が進まない理由を明らかにするとともに、刷新されたシステムを再びレガシー化させないための手立てを探ることにした。
前回は「レガシーシステムモダナイゼーション委員会総括レポート」を執筆した経済産業省の木村紘太郎氏とともに、日本企業のレガシーシステム刷新が進まない理由と再びレガシー化させないための手立て、そしてそれを実現させるための政府の取り組みを紹介した。
木村氏は、日本企業におけるレガシーシステム刷新の遅れの要因として、「責任を取れる経営層の不在」を指摘した。
今回は、JFEスチールの取り組みから、経営層の決断の在り方や当初計画を約2年前倒しできた「刷新成功のポイント」を探る。特に本企画が重視する「ITシステムのコントロール権・自律性をユーザー企業がどう取り戻すか」という観点で、同社の実践に迫る。
JFEスチールは粗鋼生産量約2200万トン、連結売上高3兆円を超える国内屈指の鉄鋼メーカーだ。2025年12月に完了した同社の基幹システム刷新は、国内で同社が持つ全ての製鉄所と製造所の基幹システムをメインフレームからオープン系に完全移行させるもので、約2億ステップもの巨大プロジェクトだった。同プロジェクトを支援したアクセンチュアが調べた範囲では、同規模・同条件の国内事例は見当たらないという。
このプロジェクトを率いたのはIT部門ではなく、工場長などを歴任してきた西圭一郎氏(常務執行役員 製鉄所業務プロセス改革班長)だ。「システム刷新の主語はビジネスであるべき」(西氏)という信念の下、同社はいかに挫折を乗り越え、2度目のチャレンジを成功させたのか。
多くの企業でレガシーシステムの刷新が進まない理由として、IT部門が経営層に必要性をうまく伝えられないという問題がある。技術的な課題や運用上のリスクを訴えても経営層には響かず、投資判断に結び付かない。
JFEスチールがこれらの企業と違うのは、プロジェクトをなぜ進めるべきかの「主語」にある。指揮を執ったのがIT部門ではなく、工場長など事業部門で経験を積んだ西氏であるのが象徴的だ。
「ITシステムはあくまでも本業である製鉄事業を継続するためのものなので、主体となるのはIT部門ではなくビジネス部門じゃなければおかしい。製造業において製鉄所や工場の新設や刷新といった巨大な投資プロジェクトを事業部門のトップが率いるのは当然です。そこは当初から一貫していました」(西氏)
同社は、基幹システムを長年蓄積してきた製造業務のノウハウの集大成と位置付けており、そうした面からも事業部門が責任を持つのは「当たり前の選択」(西氏)だった。システムの老朽化を技術の課題ではなく、「このままでは製鉄事業が継続できなくなる」という経営上の問題として提起したことで、経営層が早い段階から前のめりになったと西氏は振り返る。この構図が多くの企業で逆転していると同氏は指摘する。
「事業部門は巨額の投資プロジェクトをプレゼンするときに、経営の文脈で事業展開のビジョンや設備投資の必要性を語ります。IT部門がそれをしないまま『経営が分かってくれない』と嘆くのは、私に言わせれば筋違いです」
IT部門が経営の言葉で語れるかどうか。それが脱レガシーに踏み切れるかどうかを分ける境界線になる。
ではJFEスチール自身は、どのような経緯で脱レガシーの出発点に立ったのか。実は、同社が脱レガシープロジェクトに取り組んだのは、今回が初めてではない。2010年代、同社が全国に所有する製鉄所や製造所(製鉄所で製造された鋼を加工して鋼管や棒鋼、線材などを製造する工場)でバラバラに構築されてきた基幹システムの共通化に着手した。この時は「コスト削減と業務の標準化」を目的としていた。しかし、それぞれの製鉄所、製造所のハードウェアの違いや個別仕様への対応が障壁となり、プロジェクトは約3年で中断を余儀なくされた。
挫折の後、西氏は改めて「なぜ今、脱レガシーをやるのか」という問いに向き合った。古い資料を確認したところ、1980年代には既に情報システム部門が古いアーキテクチャの限界を指摘していたことが判明し、今度こそ自分の代で片付けるという決意を固めた。
目的を整理し直した結果、脱レガシーで最優先すべきはコスト削減でも業務の標準化でもないという結論にたどり着いた。第1次の挑戦と異なり、今回成功した要因として西氏は「目的の明確化」を挙げた。
「コスト削減やシステム共通化などいろいろなメリットも取りたかったが、それは目的で言うと2〜3番目で、本当の目的は老朽化したメインフレームが抱える課題の解消であるはずです。まずその目的を明確化しました」(西氏)
こうして同社は、最終的に目指すのは製鉄事業の継続であることを明確化した。そのために解消すべき最重要課題として「脱ホストによる技術的限界の突破」「ベンダーロックインの回避」「長年蓄積してきた製造ノウハウの継承」の3点を定め、第1回で目的としていたコスト削減や業務の標準化はあくまで副次的な効果にすぎないことを確認した。この目的の再定義が、プロジェクトの推進力となった。
次に課題となったのが手法だ。検討する中で出会ったのが、COBOLで書かれた古いプログラムを自動的にJavaへ変換するツールだった。ただし、今回の刷新プロジェクトを支援したアクセンチュアやTISらとの検討を通じて手応えを得た後も、最初から全力で走り出すことはしなかった。2019年頃、西日本製鉄所(倉敷地区)の厚板管理のごく一部のシステムを対象に「味見」テストを実施した。うまくいかなければ即座に撤退する構えだったという。
「鉄鋼エンジニアは新商品開発や操業改善も、最初は少量で実験します。思考方法はそれと全く同じです」(西氏)
2022年10月に仙台製造所でスモールサクセスを達成した後、同社は他拠点への横展開を本格化させた。テスト工程を短縮するために採ったのが、製造現場の「抜き取り検査」の発想だ。膨大なプログラムから代表的なロジックパターンを抽出してテストし、変換品質を確認する。全数検査と比べてテスト工数を約1割に圧縮しつつ、品質も確保できた。
「スモールサクセスを確認しつつ、次のプランの一部が既に進行していました。システム刷新が長引けばコストが膨らみ、技術も陳腐化してしまう。われわれの本業はあくまで製鉄だから、システム刷新は早く終わらせて『次』に進みたいという気持ちも強くありました」(西氏)
同氏の言葉通り、2025年12月に全拠点の刷新が完了。当初計画を約2年前倒しした。
脱レガシーを阻む壁の一つが「ブラックボックス化」だ。IT化に早くから取り組んだ企業であるほど、システムは複雑化している。担当者が入れ替わり、現行システムの設計仕様書は存在しないケースがほとんどだ。
業務とシステムとの関係やシステム間の依存関係も不明であるため、刷新プロジェクトに踏み出したものの、頓挫してしまうケースもある。
JFEスチールの今回のプロジェクトでは、プログラムコード全体の約8割が通常業務フロー以外の例外的なケースや滅多に使われないロジックへの対応といった「非定常処理」だった。こうした処理のどれを残しどれを廃棄するかという優先度を判断するのは、業務を知らない外部ベンダーやIT部門には難しい。判断を委ねれば、重要でないロジックも含めて全数テストせざるを得なくなり、テスト工数は際限なく膨らむ。
JFEスチールが採った「ブラックボックス化対策」は、全ての業務フローを関係者全員で書き起こすことだった。システム全体を把握している担当者がいないのであれば、全員を集めて聞き出すことで全体像が浮かび上がる。この発想の転換が、作業を前に進めた。こうしてシステムが明らかになったことでプログラムの約3割を削減し、画面や帳票も半分以下に絞り込んだ。
複雑化したシステムも、全員で読み解けば必ず理解できる。西氏は「ブラックボックスだからできないというのは、言い訳だと思っています」と指摘する。
西氏とともに刷新プロジェクトに参画した柏孝幸氏(製鉄所業務プロセス改革班 プロジェクト推進グループリーダー 兼) 技術ソリューション部 主査)も同じ感触を持つ。他社との会話の中で、一歩踏み出せない企業が多いと感じているという。「踏み出せない理由は多くあります。しかし、多少の失敗や損失が生じたとしても、とにかく一歩踏み出さなければ始まらないと思います」(柏氏)
本企画では「再レガシー化させないための重要ポイント」としてITシステムに関するコントロール権、自律性をユーザー企業自身がどのように取り戻すべきかを重視している。JFEスチールはベンダー依存体制からの脱却を図るため、内製化を進めている。
今回のプロジェクトではアクセンチュアやTISといった外部パートナーや、自社グループのJFEシステムズの支援を受けつつも、開発要件の決定からテスト範囲の選定、合否判断に至るまで「自分たちがベったりで関与する」(西氏)体制を貫いた。
技術面でも特定ベンダーのハードウェアやOSへの依存から脱し、オープンなクラウド基盤への移行をベンダーロックイン回避の明確な目的として掲げた。
「ベンダーに丸投げする会社は、システム刷新に失敗すると思います」(西氏)
プロジェクトを支えた体制も異例だった。システム刷新プロジェクトをIT部門が担うケースが多い中で、JFEスチールでは約100人で構成される専任チームのうち、約9割を事業部門出身のメンバーが占めた。当初は全員を事業部門で組む構想だったが、「ITインフラ領域は付け焼き刃の知識では対応できない」(西氏)との判断で、IT部門出身者を約1割入れることにした。
レガシー刷新プロジェクトに取り組めない理由として、多くの企業からコスト不足の次に挙がるのが人材不足だ。特に、刷新プロジェクト全体を推進したり、事業部門とIT部門、外部ベンダーの橋渡しをしたりする上級IT人材の不足は深刻だ。
それに対して西氏は、「『ビジネスとITの両方に強い人材がいないからできない』というのは言い訳です。大谷翔平級のスーパースターを前提にしてはいけない」と言い切る。
実際、今回のプロジェクトでは、鉄鋼エンジニアなどの事業部門出身のメンバーが必死にITを学び、IT出身のメンバーが業務の理解を深め、その往復の中でプロジェクトは動いた。西氏自身も刷新プロジェクトを率いた4年間、倉敷市(岡山県)や福山市(広島県)に毎週のように通う中で、新幹線移動中に仕様書や設計書、テスト結果などの資料を読み続けた。「ITは決して特別じゃない。新しい技術の登場や環境規制の強化など、鉄鋼エンジニアとして新しく習得しなければならない知識は常にあります。ITもその一環として学びました」
ただし、西氏がIT知識の習得よりも重視するのは、最終的な責任の所在だ。
「IT人材が1000人いても、システム刷新の最終判断はできません。最後に責任を取れる事業部門の人材が必要です」(西氏)
プロジェクト完了後、チームで培った経験は別の形でも実を結ぶ。2026年4月、プロジェクトメンバーから4名が工場長に就く予定だ。ITを理解したビジネスリーダーが各拠点に広がる循環が始まっている。
人材の面での手応えを感じつつも、西氏が次に目を向けるのはシステムそのものの持続性だ。システムを刷新した後、いかに再びレガシー化させないかが次の課題となる。再レガシー化には2つの側面がある。
一つはハードやOS、ミドルウェアの陳腐化だ。これは避けられないため順次更新していくしかない。具体的な対策として、JFEスチールはハードウェアやOS、ミドルウェアを全社で共通化した。製造ノウハウが詰まった業務ロジックは拠点ごとに異なるが、それを動かす基盤は全社で統一するという形だ。
「ロジックと関係ないところは全部揃えました。例えるなら、皆が同じ『iPhone』を使っていて、それぞれのiPhoneに異なるアプリケーションが入っているといった状態なので、ハードウェアが陳腐化しても、業務アプリケーションの影響は最小限に抑えられます」(西氏)
再レガシー化のもう一つの側面はブラックボックス化の再発であり、これは自分たちの判断で防げる問題だ。今回のプロジェクトでは全ての業務フローとシステム連携を書き起こし、どの業務にどのシステムが紐づいているかが全て可視化された。これが再ブラックボックス化を防ぐ土台となる。課題はこの状態をいかに維持し続けるかだ。
業務フローやシステム連携のドキュメントを生成AIで自動更新し続けることには、西氏は慎重な姿勢を示す。10年後に再び中身が把握できなくなれば、同じ調査をもう一度やり直すことになる。可視化された情報は100点でなければならない。AIに完全委任できる性質のものではない、というのが西氏の見方だ。
脱レガシーの道のりは長く、再レガシー化との戦いに終わりはない。だが西氏は、それを特別なことだとは思っていない。
「製造エンジニアとして設備の導入や改善に取り組んできた延長線上にシステム刷新はある。『ITシステムは特別だ』と身構える必要はありません」(西氏)
JFEスチールは今回のシステム刷新で得たノウハウを他の製造業にも展開する考えだ。「今回のシステム刷新は『普通のことを普通にやった』だけ。他社の方々も普通にできるはずです」(西氏)。今回得た知見を生かして同社は、システム刷新支援サービスを同社が展開する製造業向けソリューションビジネスブランド「JFE Resolus」のラインアップの一つとして実施している。
第1回で見たように、オープン化が進行した1990年代以降、ベンダー依存が進んでシステムのブラックボックス化が進み、データ活用や新技術の導入といったビジネスニーズにITシステムが迅速に適応することが難しくなった。
JFEスチールは今回のデジタル刷新によって、デジタルの主導権を自身の手に取り戻すことでシステムのシステムの再レガシー化を防ぐとともに、同社自身がプレスリリースで述べるようにDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するための環境が整った。
最後に、JFEスチールのシステム刷新のポイントを整理する。
- 経営層の覚悟と、IT知識を持ったビジネスリーダーを育てる重要性: まず注目したいのが、「今度こそ自分の代で片付ける」という覚悟と「IT知識を持ったビジネスリーダーの育成」だ。西氏自身が仕様書を読み続けたように、ITを自らの問題として学ぶリーダーがいるかどうかがプロジェクトの行方を決める。プロジェクトメンバーメンバーが工場長に就くといった人材の循環も活発だ。「ITを理解したビジネスリーダー」が大型のIT投資プロジェクトを率いる体制が整備されている。
- 刷新プロジェクトをなるべく短期で終わらせる工夫: 各拠点の並行展開と製造現場の「抜き取り検査」の発想を応用したテスト工数の圧縮により、当初計画を約2年前倒しした。「刷新が長引くほどコストは膨らみ技術が陳腐化する」という認識が、スピードへのこだわりを生んだ。
- 脱ベンダー依存: 外部パートナーと連携しながらも、開発要件の決定からテスト合否の判断まで自社が責任を持つ体制を貫いた。オープンなクラウド基盤への移行により、ベンダーロックインも回避した。
次回は、どうすれば再レガシー化を防ぐための体制を築けるか。「デジタル主権を取り戻す」意義と実践方法を有識者に聞く。
(注1)レガシーシステムモダン化委員会総括レポート(経済産業省)
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