「2025年の崖」は終わらない IT部門が再レガシー化を食い止めるための「3つの処方箋」「2025年の崖」から滑り落ちないための処方箋

レガシーシステムを刷新しても、システムの構造や組織の在り方などを変えなければ「再レガシー化」は避けられない。大型案件の失敗事例を分析してきたSCSK顧問の室脇慶彦氏や日立製作所の有識者とともに、ユーザー企業がデジタル主権を取り戻すための処方箋を考える。

» 2026年03月31日 14時30分 公開
[田中広美ITmedia]

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この連動企画について

 「2025年の崖」の年度が終わろうとしている今、日本の大企業の74%はいまだに老朽化したITシステム(レガシーシステム)を保有している(注1)。こうした状況を前に「ITmediaエンタープライズ編集部」は、レガシーシステムの刷新が進まない理由を明らかにするとともに、刷新されたシステムを再びレガシー化させないための手立てを探ることにした。

SCSK顧問・IPA参与の室脇慶彦氏 SCSK顧問・元IPA参与の室脇慶彦氏

 前回はJFEスチールの実践から、「システム刷新プロジェクトの成功のポイント」を探った。

 本稿では、大規模ITシステム開発にベンダーのPM(プロジェクトマネジャー)として長く携わってきたSCSK顧問・元独立行政法人情報処理推進機構(IPA)参与の室脇慶彦氏に、JFEスチールの取り組みへの評価と再レガシー化を防ぐための処方箋、そしてユーザー企業がITシステムに関するコントロール権(デジタル主権)を取り戻すために何が必要かを聞く。

 「ITmediaエンタープライズ」でシステム刷新をはじめとする大規模案件の失敗事例(注2)(注3)を分析してきた室脇氏が、JFEスチールのシステム刷新を「これは成功するパターンだ」と評価した理由は何か。これからシステム刷新に取り組む際に参考にしたいポイントを探る。

 加えて、長年にわたってソフトウェア研究に従事し、IPAへの出向経験もある日立製作所の三部良太氏と、モダナイゼーション提案を推進する部門のリーダーである後藤恵美氏の知見も交えながら、ユーザー企業が再レガシー化を防ぎ、デジタル主権を取り戻すために取り組むべきことを探る。

この記事で取り上げる内容

  • JFEスチールの刷新を室脇氏が「成功するパターン」と評価した5つの理由
  • 「再レガシー化」を防ぐための処方箋
  • デジタル主権をどう回復するか

 室脇氏は、「JFEスチールのシステム刷新は勘所を全て押さえている」と指摘する。同時に、なぜ多くの企業で同じことができないのか、その背景にある構造的な問題と、他のユーザー企業が参考にすべきポイントについても率直に語った。

失敗事例を分析してきた室脇氏が評価する「5つのポイント」

 レガシーは本来「遺産」を意味する言葉だが、室脇氏は多くの日本企業が抱えているシステムは「遺産」ではなく「負債」だと断言する。「レガシーシステムを抱えている限り、技術的負債は積み上がっていきます。その負債をどのように清算するかが問われています」(室脇氏)

 同氏が「JFEスチールのシステム刷新は成功するパターンを網羅しています」と評価する理由は、次の5つだ。

1. ユーザー側へのIT人材投入と「主権」の確保

 鉄鋼エンジニア90人、ITエンジニア10人の計100人が発注側(ユーザー企業)から参加した。「JFEスチールは今後、他社のシステム刷新支援という『次のビジネス』での活用も見据えてこの規模の人員を参画させています。これによってシステムに対する主権が確保できたのだと見ています」(室脇氏)。これまでユーザー企業にIT人材が少ない理由として、大規模プロジェクト終了後の人員維持の難しさが指摘されてきた。これに対し、JFEスチールは他社支援事業や、ITシステムに詳しいビジネスリーダーの育成といった「先」を見据えた体制を整えた点に特徴がある。

2. 業務フローやシステム仕様を自社で策定

 ベンダーに委ねるのではなく、JFEスチール自身が「自社の業務フローはどうあるべきか」を考え抜いた。「自身で仕様を決めたからこそ、システムの中身も完全に理解できた。これがテストケースの絞り込みにも“効いて”います」(室脇氏)

3. 精緻なテストケースの作成

 前項で触れたように、業務とコードの両方を理解しているメンバーが取り組むことで、適切なテストケースを作れた。「ブラックボックステストは網羅性が低く、言ってみれば『いい加減なテスト』です。バグはテストケースの漏れから生まれます。業務を精緻に理解したメンバーが作ることでかなり絞り込んだ、効率の良いテストケースになったと見ています」(室脇氏)

4. スモールスタートと「部品化」による横展開

 最初から巨大なシステムを作るのではなく、少数のパイロットプロジェクトで成功パターンを確立し、そのパターンを手順化し、横展開した。「これはITのプロジェクトマネジメントの世界でもよく使われる手法で、理にかなっていると思います」(室脇氏)

5. インフラ(ハード・OS・ミドル)とアプリケーション構造の標準化

 全国の製鉄所・製造所のシステムの構造を共通化することで、問題が起きた際は該当箇所のみを修正して横展開できる。「無駄のないプロジェクトの基本は『共通化』にあります」(室脇氏)

「再レガシー化」を防ぐために何をすべきか

 それでは、JFEスチールのようにデジタル主権を取り戻し、システム刷新を成功させるためにはどうすればよいのか。再レガシー化を防ぐための「打ち手」と合わせて見ていこう。

まずはシステムの状態を可視化して「痩せる」べき

日立製作所の三部良太氏(研究開発グループ システムイノベーションセンタ デジタルエコノミー&コミュニティ研究部 プロジェクトマネージャ《所属・役職名は取材当時のもの》) 日立製作所の三部良太氏(研究開発グループ システムイノベーションセンタ デジタルエコノミー&コミュニティ研究部 プロジェクトマネージャ《所属・役職名は取材当時のもの》)

 日立製作所の三部良太氏(研究開発グループ システムイノベーションセンタ デジタルエコノミー&コミュニティ研究部 プロジェクトマネージャ《所属・役職名は取材当時のもの》)は、システム刷新に当たってまずは現状を可視化することが重要だと語る。「多くの企業は、自社の肥大化したシステムが『メタボ』だと認識せず、暴飲暴食で悪化させているような状態です。ITシステムも人体と同じで、定期的に経産省が公開しているDX推進指標などを使った『健康診断』でシステムの状態を可視化し、意識して痩せる必要があります」(三部氏)

 「痩せる」ための方策として室脇氏が強調するのが「廃棄」の重要性だ。「まずは『捨て捨て運動』でいらない機能を廃棄すべきです。繰り返しになりますが、JFEスチールが自分たちで業務フローを作り直して標準化し、機能を絞り込んだことは重要な取り組みです。システムを再レガシー化させないという観点からも、まずはシステムを作る量を抑制する必要があります。システムが小さければ、改修は小規模で済み、改修を最小化できれば、リスクも最小化できる」(室脇氏)

ブラックボックス化を防ぐための「文書の蓄積」

日立製作所の後藤恵美氏(アプリケーションサービス事業部 アプリケーション・モダナイゼーション本部 本部長《所属・役職名は取材当時のもの》) 日立製作所の後藤恵美氏(アプリケーションサービス事業部 アプリケーション・モダナイゼーション本部 本部長《所属・役職名は取材当時のもの》)

 レガシー刷新を阻む大きな要因、かつ再レガシー化をもたらす要因になる可能性があるのが、ITシステムの構造や設計の意図が分からなくなるブラックボックス化だ。日立製作所の後藤恵美氏(アプリケーションサービス事業部 アプリケーション・モダナイゼーション本部 本部長《所属・役職名は取材当時のもの》)は、ITシステムがブラックボックス化する要因として、文書の欠落を指摘する。

 「仕様書は、プログラムの動作を記せばいいのではなく、『なぜそう設計するのか』といった設計の意図・根拠が大事です。それが書かれないまま担当者が退職してしえば、理由が分からなくなります。システムの改修には『このシステムはどうなっているか』だけでなく『なぜそう設計したのか』も必要ですが、両方こぼれ落ちているケースがあります」(後藤氏)

 システム刷新後は「なぜこのように設計したか」という設計の根拠・意図を文書として残すことが、ブラックボックス化の再発を防ぐ手立ての一つになりそうだ。

再レガシー化を防ぐ開発手法

 再レガシー化を防ぐためには、モノリス構造からの脱却が必要だと室脇氏は指摘する。その手段が、機能を「部品」化してAPIで繋ぐマイクロサービスへの移行だ。

 「私はレガシー化の核心は構造にあると見ています」と室脇氏は語る。レガシーシステムの多くは、機能が密結合した巨大な構造(モノリス)を持っている。モノリスはまるで一枚岩のような構造であるため、何か一つ変更しようとすれば、一見関係がないように見える別の機能にも影響が及ぶ可能性がある。機能の追加や変更にかかるコストが膨れ上がる可能性があり、AIのような新技術の適用が難しい。「モノリスで開発したシステムを最新の技術に載せ替えても、またレガシー化してしまうでしょう」(室脇氏)

 なぜマイクロサービスへの移行がレガシー化を防ぐのか。「従来のソフトウェア開発はネジ1本から手作りしているようなものです。製造業ではとっくに部品化が進んでいるのに、ソフトウェア開発だけが遅れている。疎結合化することで、他の機能には影響を及ぼさずに、各機能のテストと品質向上に取り組めます。部品化によって開発工数が削減されれば、コストを約10分の1に縮小できる可能性もある」(室脇氏)

再レガシー化を防ぐための体制づくり

 再レガシー化を防ぐに当たっては技術面だけでなく、ユーザー企業の組織の在り方も重要だ。三部氏は再レガシーを防ぐための組織的な条件として、事業部門の深いコミットメントを挙げる。「ただの刷新ではなくシステムをモダナイズ(近代化)し、それを維持するためにば、ITシステムが事業成長に貢献しなければ意味がないと考えています。そのためにも事業部門がITシステムに深くコミットできるかどうかが重要です」(三部氏)

 同氏は、システム刷新を一時的な取り組みで終わらせないための仕組みとして、組織知の蓄積を挙げる。「エンジニアが得た知見をメソドロジー化(体系的な方法論として文書化・蓄積)し、次のプロジェクトに生かす体制を整えることが重要です」(後藤氏)。

 室脇氏も事業部門の関わりの重要性を指摘する。「理想としては、AmazonやGoogleのように事業部門・コーポレート部門・IT部門が『三位一体』となって、ビジネスのニーズとITによる実現性を天秤にかけて対話できるチームを作れればいいと考えています」(室脇氏)

インハウス化がデジタル主権の回復への道

 最後にデジタル主権の回復について見ていこう。部品化によってシステム開発にかかる手間が減少し、平準化されることでユーザー企業が社内でIT人材を常駐させて育てる「インハウス化」が可能になり、これがデジタル主権の回復につながるというのが室脇氏の見立てだ。

 「まず、刷新プロジェクトはユーザー企業が主導すべきです。プロジェクトチームにもユーザー企業が一定入るべきです。普通の人材であれば3割、手練れであれば1.5割はユーザー企業側から出した方がいい。仕様を押さえ、テストケースを含めてシステム全体を把握できる人材を社内に常時置くことが主権回復への道です」(室脇氏)

 大規模開発に必要な人員全体を常時抱えるのが難しいという事情により、ベンダー依存が産まれた。今後、マイクロサービス化によって部品化を進め、実質的に開発が必要なシステム規模が縮小すれば、それに対応する人員も従来よりも減少し、開発体制も平準化される。ユーザー企業が自社システムについてベンダーと対等に話せるIT人材を育成、維持することが可能となり、主権回復につながる。

 「ユーザー企業が自社システムを把握しやすい環境を作ることも重要です。今はベンダーごとにバラつきがありますが、これからは成果物を標準化して、透明性を確保した上で顧客にシステムを引き渡すことが必要なのではないか」(室脇氏)

編集部から見た「再レガシー化を防ぐ3つの要素」

 室脇氏、後藤氏、三部氏の発言を通じて浮かび上がるのは、再レガシー化が「技術の問題」ではなく「意思決定と組織の問題」だという点だ。再レガシー化を防ぐために求められるのは、ITシステムに対するコントロール権を取り戻す決意と、ベンダーに依存せずに自律的にITシステムを維持していくための体制づくりではないか。そのためには次の3つの要素をそろえる必要がありそうだ。

  1. 経営層が最終的な責任を取る決意
  2. プロジェクト全体を指揮できるビジネスを理解したリーダー人材
  3. ベンダーと対等に技術について話せるIT人材

 経営層の決意にも難しい点はあるだろうが、多くのユーザー企業で不足感が強いのが、リーダー人材とIT人材といった人材面だ。

 経済産業省の木村紘太郎氏(商務情報政策局 情報産業課 AI産業戦略室 室長補佐)はリーダー人材について自社で育成、あるいは獲得するのが大事だと指摘しつつも、短期的には「レンタルCIO」のように、業界内でリーダー人材の流動化を考えるのも一つの手だと話す。「システム刷新の成功経験や『しくじり経験』が豊富な人を、他社がアドバイザーとして招いて助言してもらうのも有効な手段だと考えます」(木村氏)

 一方、リーダー人材よりもボリューム的には多く必要となるIT人材について、室脇氏はこう話す。「非競争分野のシステムについては業界内で標準化・共有化を進め、IT人材も共有するのは一つのアイデアだと思います。こうすることでコストもリスクも分担でき、成果物も共有できる。これからの経営層は、競争しなくてもよい領域では協力し合うという発想を持つべきです」(室脇氏)

 今回の一連の取材を通じて改めて感じたのは、ITシステムの刷新の目的を見定めること、そして経営層とプロジェクトリーダーが刷新プロジェクトを主導し、必要な場面では責任を取る覚悟を持つのが、デジタル主権を取り戻す第一歩になるということだ。

 日本企業のITシステムは長い間、自社とベンダーの相互依存関係にある意味支えられつつ、低位安定の状態にあった。しかし、AIの進化が目覚ましい中で新技術適応の可否が企業の競争力を大きく左右する今、ITシステムに求められる姿は、かつての「外部ベンダーに任せておけば、止まらずに動くもの」から、「自社主導、事業部門主導でビジネスニーズをいち早く実装できるもの」へと変わりつつある。

 こうした中で、脱レガシーだけでなく、再レガシー化を防ぐための体制づくりも経営にとって喫緊の、かつ中長期的な課題になるだろう。エンタープライズ編集部は2026年以降も脱レガシー、そして再レガシー化を防ぐための取り組みについて取材を続けるつもりだ。

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