営業AXは、どう進めれば成果が出るのか。営業力で定評のあるリコージャパンの、“脱モノ売り”を図り、“課題解決型”への転換から勘所を探る。
この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。
AIを活用して営業の品質や生産性を上げるのはどうすればよいか――。「営業AX(AIトランスフォーメーション)」に対する注目度が高まってきている。そんな折り、IT分野における営業力で定評のあるリコージャパンが、社内での取り組みで得た営業AXのノウハウを外部に展開することに力を入れ始めた。その内容が興味深かったので、今回は同社の取り組みを通じて営業AXの勘所を探りたい。
「当社の営業スタイルは従来、複合機を中心とした“モノ売り”だった。ITやDX(デジタルトランスフォーメーション)によって経営や業務の課題を解決したいというお客さまからの相談が急増し、“課題解決型”へと営業プロセスの改革を進めている」
リコージャパンの笠井徹氏(代表取締役 社長執行役員 CEO=最高経営責任者)は、同社が2026年8月4日に開いた「AIによる営業現場のDX支援の取り組み」についての記者説明会で、こう切り出した(図1)。
「モノ売り」から「課題解決型」への営業改革は、業種を問わず、多くの企業に当てはまる経営課題だ。さらに、そこにAIをうまく活用したいというニーズは取材の中でも強く感じるところだ。今回のリコージャパンの社内での取り組みからビジネス展開に向けた動きは、その点で大いに参考になるのではないか。
以下、笠井氏による説明から、その動きのポイントを紹介しよう。
同社が営業プロセスの改革に乗り出したのは、2023年度からだ。
営業の働き方を変えることを目指して、まずは社内ナレッジの集約・共有を図るナレッジポータルの刷新とSFA(営業支援システム)およびCRM(顧客情報システム)の刷新を同時に実行した。それぞれの刷新の内容は、図2に示した通りだ。
上記の刷新が進んだことによって、AIが顧客の課題に即した最適な資料をレコメンドし、提案スキルの向上とソリューションの選定における属人化が解消できるようになってきた。これはすなわち、「営業が探す」というPull型から、営業と顧客とのやり取りをベースに「AIが提案する」というPush型に移行したことを意味する(図3)。
ただ、そうした取り組みによって一定の成果は上がったものの、最新の生成AIに営業の活動報告データを学習させ、顧客が抱えている課題を抽出するために分析させたところ、1000万件の活動報告データから9%の課題しか抽出することができなかった。つまり、AIは顧客の課題をほとんど見つけられなかったのだ。
なぜ、そうなったのか。課題として上がってきたのが、活動報告データの品質だ。「忙しい営業は活動報告をする際、記録が必要と思う点だけをSFAに入力していた。それだと、AIが十分に力を発揮できないことが分かった」(笠井氏)というわけだ。
そこで、同社は2026年4月にナレッジワークの「AI商談記録」を導入し、約6000人の営業担当者が活用することで、「データ品質の課題を解消し、営業プロセスを劇的に変えることができた」(笠井氏)という。こうした経験から「データはうまく使おうとするより、まずは溜めることが大事」(同)とも強調した。
なお、ナレッジワークは「セールスAIエージェント」ソリューションを展開するベンチャー企業で、今回の会見でリコージャパンとの資本業務提携も発表した。
リコージャパンではAI商談記録の導入効果について、「手入力をなくし、生の対話をそのままデータに変えることにより、AIが真価を発揮するためのデータ品質の変革に成功した」(笠井氏)とのこと。具体的には1商談当たりの情報量(文字数)が、導入前の平均73文字から導入後は同1340文字に、約18倍濃密になった。また、顧客の課題抽出率(AI分析精度)が、導入前の9%から導入後は71%と約8倍に向上した。補足すると、AI商談記録で得られるデータは、すなわちコンテキスト(文脈)データだ。AIにとっては「大好物」である。
こうした取り組みから、営業プロセスの改革における最重要ポイントとなる「課題把握量」は、2025年2月のSFA刷新時から2026年6月時点で約4.5倍に増加した(図4)。「毎月4万5000件のお客さまの課題を把握できるようになってきた。その解消を支援することが当社の使命であり役割だ」と、笠井氏は力を込めた。
「とはいえ、改革はまだまだ道半ば。AIによって営業の能力をさらに拡張するとともに、社内での実践で培ったノウハウを生かし、規模に関係なく幅広いお客さまへサービスを提供していきたい」
笠井氏はこう述べた上で、これからの社内での取り組みとビジネス展開について次のように説明した。
社内での取り組みについては「営業の能力を拡張する、次の世界へ」をテーマに、AIが“過去の事実データ”をもとに、営業の“次の一手”を支える形にもっていくことだ(図5)。
ビジネスについては、次の3つの展開プランを設けた(図6)。
左から、商談記録の品質アップ・効率化に向けた「アプリ単体提案」を入り口に、顧客の基幹システムに対応した最適な提案としての「kintone連携提案」へ展開し、将来の営業AXへつなげる「コンサル&SFA連携提案」に拡張するといった内容だ。
なお、AI商談記録については5月に販売を始めており、案件数も順調に伸びているとのことだ。顧客からは「商談記録や議事録作成に時間がかかっている」「営業活動が属人化している」「営業ノウハウが組織に蓄積されない」「商談データを十分に活用できていない」「営業の生産性向上が求められている」といった課題が上がっており、その内容は同社が社内実践で解決に取り組んできたことと共通しているという(図7)。
以上が、笠井氏による説明だ。筆者は会見の質疑応答で、同氏の話になかった点を聞いてみた。その質問とは、「経営視点でいえば、営業AXによって営業人員を減らせるのではないかとの見方もある。これについて、どうお考えか」というものだ。これに対し、笠井氏および会見に登壇したナレッジワークの麻野耕司氏(代表取締役社長 CEO)が次のように答えた。
「当社でいえば、減らすつもりはない。モノ売りから課題解決型の営業になるためには、1つ1つの商談に丁寧に対応しなければいけない。そうしたビジネスのためにAIを活用する。そして、中身の濃い商談にするのが非常に大事だ」(笠井氏)
「当社のソリューションの最大の特徴は、営業の生産性を高めることだ。その上で、現状の営業人員数を維持する、もしくは増やしてさらなる成長を目指す。お客さまにはそう訴求している」(麻野氏)(写真2)
人員削減についての質問をしたのは、営業AXの目的について改めて確認したかったからだ。
最後に、今回の会見を受けて、筆者の頭に浮かんだことを2つ述べておきたい。
一つは、営業担当者の意識改革だ。AI商談記録によって顧客とのやり取りが全て残るとなれば、営業担当者も「どう話すか」「どう聞くか」と、一段と緊張感を持って臨むようになる。それが営業全体の意識改革につながるのではないか。筆者はむしろ、この点が最大の効果ではないかと考える。
もう一つは、AIを生かすデータの整備の重要性だ。今回のリコージャパンの取り組みは、AIを生かすデータの整備がいかに重要かを物語っている。だが、それはDXの段階から指摘されていたことだ。従って、DXにどう取り組んできたかで、AXにすぐに取り組めるかどうかの差が出る。どれだけの企業がそう見通してきたかといえば、数少ないのではないか。とはいえ、AXは始まったばかりだ。まだ今からでも遅くはない。まずはAIを生かすデータの整備に全力を上げていただきたい。
営業AXは間違いなく企業の競争力に直結する。どんな取り組みがあり得るのか。引き続き、取材を重ねたい。
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。
AIエージェントの全社展開、どうやれば成功する? 「点の成功」を「面の変革」に変える道筋
FDEとリコーの新コンサルサービス、どこが違う? AXのパートナー選びを考察
「データ品質に問題あり」から「予測精度95%」へ Umiosは販売計画をどう自動化した?
AIエージェント時代、なぜデータ基盤の進化が求められるのか? 次世代アーキテクチャの基本を解説Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.