従来のITと異なり、AIは使えば使うほどコストが増えます。それでも活用の指標として利用者数や利用率を重視する企業はまだ多くあります。拡大を続けるAI投資の成果を、企業は何によって判断すればよいのでしょうか。新しい投資評価の視点を考察します。
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これまでどの時代でも、時代に適応した者だけが生き残ってきました。
テクノロジーの急速な進化、経済見通しの不透明さ、地政学リスクの顕在化、そして前例なき気候変動――。これまでの経験や常識が通用しにくいこの時代は、まさに「新しい乱世」と言えるでしょう。
今、企業に求められているのは、混迷の中を生き抜いていくために必要な次の一手を見極める力です。
そのための羅針盤となるのが、経営とビジネスを根本から変革し得るエンタープライズITなのです。
本連載では、アイ・ティ・アールの入谷光浩氏(取締役/プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわるテーマについて、その背景を深掘りしつつ全体像を分かりやすく解説します。「新しい乱世」を生き抜くためのITの羅針盤を、入谷氏とともに探っていきましょう。
企業のAI投資は拡大し続けています。一方、AI活用の状況を示す指標として、利用者数や利用率を重視する企業は多くあります。しかし、AIは使えば使うほどコストも増えるという、従来のITとは異なる性質を持っています。AI投資が本格化する中で、「どれだけ使われたか」を成功の物差しにしてよいのでしょうか。今回は、AI時代に求められる新しい投資評価について考察します。
企業のAI投資は拡大基調にあります。ITコンサルティングと調査を手掛けるアイ・ティ・アール(以下、ITR)が実施した「国内IT投資動向調査2026」では、AI関連予算を前年度から「増やす」と回答した企業の割合は、2024年度が56.6%、2025年度が52.5%、2026年度予想が54.0%となりました。
3年連続で半数を超える企業がAI関連予算を「増やしている」、あるいは「増やす」と予想しています。一方、「減らす」とした割合はいずれも1割に届きません。
この調査結果からはAIへの投資が一過性のものではなく、企業のIT予算の中に定着してきたことがうかがえます。では、その投資が成果を上げているかどうかを、企業は何によって判断すればよいのでしょうか。
企業とAI活用について議論していると、利用者数や利用率、利用回数といった数字が、活用の進展を示す指標としてよく挙がります。「全従業員の何割が使った」「月間利用率が上がった」といった具合です。
たしかに生成AIを導入したばかりの段階では、こうした指標には意味があります。環境を用意しても誰も使わなければ価値は生まれません。しかし、AIへの投資を毎年積み増す段階になっても、「利用率が高いほどAI活用に成功している」と考えてよいのでしょうか。筆者はここに違和感があります。
例えば、従業員の8割が生成AIを日常的に調査やアイデアの壁打ちに使っている企業と、利用者は3割でも営業提案や問い合わせ対応といった重要な業務プロセスにAIを組み込み、作業時間や品質を改善している企業があったとします。利用率だけを比べれば前者が優れていますが、どちらがAIによって大きな価値を生み出しているかは、利用率だけでは判断できません。利用率が示しているのは、AIが組織にどれだけ浸透したかであって、AI投資によってどれだけ価値を生み出したかではないからです。
実際、筆者が見てきた企業の中には、生成AIの利用率向上を強く求めるあまり、ハルシネーションを十分に確認しないまま作成された資料が増えてしまったというケースもありました。利用率というKPI(重要業績評価指標)だけを見れば成果は上がったのかもしれませんが、資料の品質まで含めると、とても成功とは言えません。
利用率を高めることが目的化すると、「その仕事に本当にAIを使うべきなのか」という問いが抜け落ちます。利用率を80%から90%に向上させることより、重要な業務で確実に成果を出す方が企業にとって価値がある場合もあります。
従って、AI活用のフェーズが変われば、評価指標も変える必要があります。導入初期には「使われているか」を見る。その次には「AIによって仕事がどう変わったか」、さらに投資が本格化すれば「その変化がどれだけ価値につながったか」を問う必要があります。
しかも、AIでは利用が広がるほど、コストも増えていきます。従来のITシステムでは、一定数のライセンスやインフラを用意すれば、利用回数が多少増えてもコストが大きく変わらないケースがありました。しかし、生成AIでは利用量の増加がトークン消費やAPIの呼び出し、推論処理などの増加につながります。
AIエージェントではさらに複雑です。ユーザーから見れば一度の指示でも、裏側ではAIがモデルへの問い合わせ、データ検索、ツール実行などを何度も繰り返すことがあります。クラウドのコスト管理と財務最適化を推進する非営利組織であるFinOps Foundationも、一度のユーザー操作が複数回のモデル呼び出しにつながり、エージェントが意図せずループすればコストが急増する可能性を指摘しています。
つまり、利用量が2倍になっても価値が2倍になるとは限りません。むしろ少ない呼び出し回数で同じ成果を出したり、用途に応じて低コストなモデルを使い分けたりすることで、AIの利用量が減り、業務やコストの改善につながる場合もあります。
AI活用の成熟とは、「とにかくAIを使う」ことではなく、必要なところで適切なAIを使うことだと捉えるべきだと考えます。
では、何を見るべきでしょうか。例えば問い合わせ対応なら、AIが何回使われたかではなく、問い合わせ1件を処理するのにいくらかかり、対応時間や品質がどれだけ改善したかを見る。文書処理なら、文書1件当たりのコストと、削減できた作業時間や人的負担を合わせて評価するといった考え方が必要になるのではないでしょうか。
この問題を考える上で参考になるのが、FinOps Foundationの議論です。FinOps FoundationはLinux Foundation傘下のプロジェクトで、テクノロジーのコストと価値の管理に関するベストプラクティスや、そのための教育と標準化を推進するコミュニティーです。
FinOps Foundationが公開した「FinOps for AI」では、AIシステムを評価する重要な考え方として、「Use Case Economics」(ユースケース単位の経済性)を挙げています。これは「問い合わせ1件の解決」「文書1件の要約」といった業務成果の単位ごとに、その成果を生み出すためのAIコストを見る考え方です。トークン数やGPUの利用時間だけでは、AI支出とビジネス価値の関係は分からないとしています。
「FinOps for AI」をここで取り上げるのは、特定の管理手法として推奨するためではありません。「どれだけ使ったか」ではなく、「その利用によって何を生み出したか」とコストを結び付ける考え方は、AI投資を評価する上でも有効な視点になるからです。つまり、高コストなAIでも、それ以上の価値を生み出していれば合理的です。逆に、低コストで大量に使われていても、成果につながっていなければ高く評価することはできません。
AIの利用率や利用量ではなく、そこから生まれた成果を見る必要があるとしても、従来のIT投資と同じようにROI(投資対効果)で評価すればよいわけではありません。筆者は、AIには従来のROIという物差しでは捉えにくい価値があると考えています。
従来のIT投資では、システム導入によって作業時間を何時間減らせるか、何人分の業務を効率化できるかといった形で、投資と効果を比較的結び付けやすいものでした。AIでも、問い合わせ対応や文書処理など、特定業務の効率化であれば同じような評価は可能です。
しかし、AIの価値はそこにとどまりません。例えば、AIによって従業員が短時間で多くの情報を分析できるようになる、これまで専門家でなければ難しかった業務を幅広い従業員が行えるようになる、意思決定のための選択肢を増やせるといった効果は、単純な工数削減だけでは捉えにくいものです。
さらに、社内データの整備やAPIの整備、共通AI基盤やガバナンスの構築、人材育成といった投資は、特定の一つのユースケースから利益を生むものではありません。今後、さまざまな業務でAIを活用するための企業能力を高める投資です。新しいAI技術を試すPoC(概念実証)も、導入に至らなかったから失敗とは限りません。「この業務には向かない」「このデータが足りない」と分かること自体が、その後の投資判断に役立ちます。
AI投資では、短期的な金銭価値としての効果だけを算出すると、こうした価値を過小評価する可能性があります。だからこそ、従来のROIという一つの物差しに当てはめるのではなく、何を目的としたAI投資なのかによって、その価値を評価する視点を変える必要があると筆者は考えています。
結局、企業はAI投資をどのように評価すればよいのでしょうか。まず必要なのは、投資の目的を明確にし、それに応じた物差しを持つことです。
既存業務の効率化が目的であれば、作業時間やコストの削減、生産性などを評価する。業務そのものの変革を目指すのであれば、リードタイムや品質、顧客への提供価値まで視野を広げる必要があります。この点は、DX(デジタルトランスフォーメーション)投資の成果を評価する考え方とも共通しています。
DXが単なるIT導入の費用対効果だけではなく、業務や顧客価値の変化まで含めて評価されるように、AIについても投資目的に応じて成果を見る必要があります。
また、AI基盤やデータ、人材への投資であれば、個別の金額的効果だけでなく、今後のAI活用をどれだけ支えられる状態になったかを見る。そして、新しいAI技術やユースケースを試す取り組みでは、導入に至ったかどうかだけではなく、何ができ、何ができないと分かったのか、その結果を次の判断に生かせたかも評価すべきでしょう。
そして、一度評価すれば終わりではありません。AIはモデルの性能や価格が短期間で変化し、利用方法も次々と広がっています。当初は十分な価値を生まなかったユースケースが、技術の進歩によって有効になることもあれば、逆により安価で優れた手段が登場することもあります。実際のコストと成果を継続的に確認しながら、投資を増やすのか、利用方法を変えるのか、あるいは止めるのかを判断する必要があります。
IT部門やAI推進部門に求められる役割も、「どうすればもっとAIを使ってもらえるか」から、「どのAI活用に投資を増やし、どこを見直し、何を止めるのか」に変わっていきます。AIの利用を促すだけでなく、その価値を見極めながら投資配分を変える役割が重要になります。今後、AIへの投資額が積み上がるほど、「利用率が上がった」という説明だけではその成果を経営陣に説明することは難しくなっていくと筆者は考えています。
AI活用の成熟とは、従業員がAIをたくさん使うことではありません。何のためにAIに投資するのかを明確にし、その目的に合った物差しで価値を捉え、結果に応じて次の投資を選び直せることです。AIへの投資が本格化し始めた今だからこそ、企業は「利用率」という分かりやすい数字の先にある、新しい投資評価の在り方を考える必要があるのではないでしょうか。
IT業界のアナリストとして20年以上の経験を有する。グローバルITリサーチ・コンサルティング会社において15年間アナリストとして従事、クラウドサービスとソフトウェアに関する市場調査責任者を務め、ベンダーやユーザー企業に対する多数のコンサルティングにも従事した。また、複数の外資系ITベンダーにおいて、事業戦略の推進、新規事業計画の立案、競合分析に携わった経験を有する。2023年よりITRのアナリストとして、クラウド・コンピューティング、ITインフラストラクチャ、システム運用管理、開発プラットフォーム、セキュリティ、サステナビリティ情報管理の領域において、市場・技術動向に関する調査とレポートの執筆、ユーザー企業に対するアドバイザリーとコンサルティング、ベンダーのビジネス・製品戦略支援を行っている。イベントやセミナーでの講演、メディアへの記事寄稿の実績多数。
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