年間50億円の成果を創出 村田製作所が実践するAIエージェント統制の要点AWS Summit Japan 2026

村田製作所の社内AIツール「Murata Coworker」はグループ累計約3万人が利用する。AIエージェント時代の統制をどう設計したのか。AWS Summit Japanの講演で同社の生成AI CoE責任者が明かした。

» 2026年09月10日 07時00分 公開
[指田昌夫ITmedia]

 京都に本社を置く電子部品メーカーの村田製作所は、年間売上高1兆7434億円(2025年3月期)の9割超(92.6%)を海外で稼ぐグローバル企業だ。

 スマートフォンやAIデータセンターの需要拡大によって、同社の電子部品ビジネスも好調に推移している。本講演に登壇した同社の鈴木健太氏(経営DX本部 ITビジネスエンジニアリング統括部 データ戦略推進部 AIイノベーション推進課 シニアマネージャー)は、「AIは社内の業務効率化という側面もあるが、当社にとっては事業機会でもある。AIに関する基盤インフラの需要が拡大すれば、当社の強みである電子部品の小型化、大容量、高性能化を生かして市場に貢献できる」と語る。

 ただし、AIは事業機会ではあるものの、変化が非常に速い。「市場の変化に追随するプロダクトを提供するためには、われわれ自身もデジタル、AIをしっかり理解し、活用していく必要がある。単にツールでデジタル化するだけでなく、社内のデータをつなぎ、AIでビジネス価値を生んでこそ意味がある」(鈴木氏)

 特に、ものづくり企業である同社は、情報とフィジカルの領域で改善サイクルを回す「デジタルツイン」の構築を、DXのミッションに掲げている。そのために、社内の暗黙知を、AIを使って引き出し、仕組みに取り込もうとしている。

村田製作所が目指すDXの全体像(出典:村田製作所の講演資料)

 同社は、組織の知識創造プロセスを示す理論「SECIモデル」が挙げる共同化、表出化、連結化、内面化の各フェーズをAIで高速化、高度化できると考えている。熟練者へのヒアリングや議事録の生成、複数文書からのインサイト抽出などにAIを活用し、知識創造のサイクルを速めている。

AIエージェントに対応したガイドラインを策定

 AIを本質的な業務に取り込むために、同社は部門横断でAI活用を主導する組織として生成AIのCoE(センターオブエクセレンス、以下、AI CoE)を組成しており、鈴木氏はその責任者を務めている。「AIは、単独では価値を発揮できない。データ戦略、事業戦略、データ理解、そしてプロセス設計、業務マネジメント、さまざまな要素と組み合わさって、初めてビジネスに価値をもたらす。その取り組みをリードするのがAI CoEだ」(鈴木氏)

 AI CoEは6つの柱で活動している。戦略立案、技術開発、イネーブルメント、ガバナンス、プロダクト提供、基盤構築だ。鈴木氏が重視するのは、攻めと守りのバランスだ。

生成AI CoEが主導する「自律性と全体性両立」の施策(出典:村田製作所の講演資料)

 「まず攻めでは、アイデアソン、ハッカソンなどを開催して、社内のニーズを拾い上げる。それをAI CoEの部隊がプロダクトとして実現し、ユーザーに還元する。一方の守りは、経営層を巻き込んでAIガバナンスの策定やAI教育の仕組みを作る。現場が自律的にAIを活用できる体制を整えることが、AI CoEの最大のミッションだと考えている」と鈴木氏は話す。

 同社は生成AIを社内利用する前から、AIガバナンスのガイドラインを策定していた。しかし、AIエージェントの適用が進む中で、そのガイドラインが陳腐化していることに気付いた。そこでAI CoEは、AWS(Amazon Web Services)の支援も仰ぎ、AIエージェントにも対応するガイドラインの策定を進めた。

 「従来のガイドラインでは何が足りていないのか、AIエージェントの知見を持つAWSと協働して、さまざまな角度から洗い出した。それを社内のビジネスユーザーに使ってもらい、改善を繰り返している」(鈴木氏)

 AIエージェントへのインプット、推論プロセス、エージェントが他のツールやデータを取りに行く場面のそれぞれでリスクを精査する。リスクのレベルを定め、必要な対策を講じる。

AIエージェントの独自リスクと対策(出典:村田製作所の講演資料)

 「例えばインプットのリスク対策では、RAG(検索拡張生成)の時代からあったプロンプト入力時の注意喚起を、AIエージェントにも対応するように修正した。あるいはAIエージェントの利用法で一般的な『ディープリサーチ』を実行する際、そのフローの中で、どこにチェックポイントを設けるべきか洗い出した」(鈴木氏)

幅広い業務を支援する「Murata Coworker」

 同社のAI CoEは、社内向けのAIエージェントとして「Murata Coworker」を開発した。ユーザー部門と共同で開発しており、一部の拠点を除く国内外のグループ全体で既に累計約3万人(月間利用者は約2万人)が利用している。利用率は2024年7月から2025年7月の1年間で16%から52%に増加した。

 AWSの基盤で稼働するMurata Coworkerは、複数の汎用(はんよう)AIモデルを使い分けて資料作成や要約、アイデアの壁打ちや翻訳ができる汎用機能を持つ。加えて、基幹システムと連携し、同社の独自用語や略語を反映した実践的な文書を作る特化機能も装備する。世界の各拠点とやりとりする際も、翻訳機能と特化機能を活用してスムーズなコミュニケーションが取れるという。

Murata Coworkerの機能一覧。汎用機能と同社に特化した機能で構成する(出典:村田製作所の講演資料)

 「Murata Coworkerは一つのプロダクトではあるが、活用の施策と一緒に開発を進めているところが強みだと考えている。現在も、ユーザーから出てきたアイデアを実現する改善サイクルを重ねている」と鈴木氏は語る。

 同社はMurata Coworkerのアーキテクチャそのものも改善し続けており、構成は常に流動的だ。現在は基本的に、AWS基盤に配置した「エージェントエンジン」「ナレッジハブ」「オブザーバビリティ」(システムの挙動を外部から観測・追跡可能にする可観測性)というブロックで構成されている。エージェント部分はAIエージェントの構築・運用基盤サービス「Amazon Bedrock AgentCore」を採用し、ナレッジ部分はRAG構築のマネージド機能「Amazon Bedrock Knowledge Bases」や高度なRAG手法(Advanced RAG)などを使う。オブザーバビリティの実現のために、オープンソースのLLM可観測性プラットフォーム「Langfuse」を採用している。

 ここで鈴木氏は、同社のAIガバナンスの特徴の一つ「ガードレールの重ねがけ」について説明した。ガードレール(AIの入出力を制御して不適切な応答を防ぐ仕組み)は各AIモデルのプロバイダーが設定しており、それを使うことには問題がない。だが、同社はそこに限界があると感じている。通したい入出力とカットしたい入出力はユースケースによって異なるため、チューニングの自由度を自社で持ちたいと考えたからだ。

 汎用モデルのガードレールも毎月のように更新される。その内容を確認して調整するには手間がかかる。そこでAmazon Bedrockのガードレール機能に、NVIDIAのガードレール構築ツール「NeMo Guardrails」を重ねて二重化した。どのモデルを使う場合でもプロンプトを独自に調整し、自社の制御を適用できるようにしている。

 ディープリサーチ機能「Murata Researcher」によるレポート作成は、当初はオープンソースのリサーチエージェント「gpt-researcher」などをベースに内製していたが、ツールやデータソースの増加に伴い複雑さが増し、管理が煩雑になった。第2期のリリースからは、東京リージョンで一般提供が始まったAgentCoreのゲートウェイ機能「Amazon Bedrock AgentCore Gateway」を使ってフルマネージド構成に切り替え、安定性が向上したという。

 鈴木氏がAIエージェントのガバナンスで特に重要視するのは、AIエージェントが呼び出すツールやデータに対する認証認可だ。同社は、ここをクリアして初めてAIエージェントを社内で縦横無尽に活用できると考えている。

 「従来のシステムは、ユーザーがデータやシステムを利用する際に認証認可が動いていた。AIエージェントは、この人とデータやシステムの間に入ってくるので、同じ考え方を適用しなければいけない。これはエンタープライズのアーキテクチャとしては必須の要件だと考えている」と鈴木氏は話す。同社はNoSQLデータベース「Amazon DynamoDB」と認可管理サービス「Amazon Verified Permissions」を組み合わせ、業務ごとに固有の認可設計を施して実装している。

 村田製作所は2024年からAI CoEの体制を構築し、Murata Coworkerの開発を通じてAIエージェントの業務実装を進めてきた。機能のアップデートを繰り返し、社内のAIリテラシーも高めてきた。

 AI活用の経済効果は年間50億円に上り、1人当たり月約3時間の工数削減につながっているという。今後はフィジカルAI(ロボットなど物理世界で動作するAI)への拡張やデジタルツインの実現も視野に入れている。

 鈴木氏は、「当社の経営のポイントとなる、自律分散型から創発型への変革を下支えする基盤として、今後もAIプロダクトを発展させていきたい」と語った。

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