AIエージェント同士が勝手に売買する時代に? 取引を成立させる「信頼基盤」の実証で見えたこと

AIエージェントが企業間の購買や受発注を代行する未来が現実味を帯びてきた。だがAIエージェントが名乗る身元や能力が本物かどうかを第三者が保証する仕組みはまだない。この空白を埋める国内実証実験の成果が公表された。

» 2026年10月26日 13時00分 公開
[松林沙来,ITmedia]

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 生成AIは質問に答えるだけでなく、商品の検索や発注、決済の支援までを実行する「AIエージェント」へと役割を広げている。

 電子認証事業などを手掛けるGMOグローバルサイン・ホールディングス(以下、GMOグローバルサイン・HD)と、デジタル資格証明関連の技術を開発するスタートアップのVESS Labsは2026年10月14日、イベント「AI Agent Trust 2026」を開催した。デジタル庁の濱口総志氏(アイデンティティユニット アイデンティティスペシャリスト)による基調講演に続き、両社が同年9月24日に公開した共同実証の成果を発表した。実証のテーマは、企業をまたぐAIエージェント同士の商取引だ。

 しかし、AIエージェント間の取引には、人間同士の商談なら当然行う「相手が何者かの確認」に当たる仕組みが整っていない。エージェントの自己紹介は、もともと完全な自己申告だった。なりすましのエージェントが「大企業のエージェントだ」と名乗っても、確かめるすべがなかった。両社はこの穴をどう塞いだのか。

「なりすましエージェント」をどう見抜くか

 両社が実証したのは、AIエージェントの自己紹介情報を、発行元と内容の真正性を検証できるデジタル資格証明「VC」(Verifiable Credentials)に変換し、第三者の審査機関による認定を経ることで、エージェントの身元を「その場で確認できる」ものにする仕組みだ。ただし、審査機関がエージェントを実際に審査する工程は今回の実証の対象外としている。

 Googleが開発し、現在はLinux Foundationが管理するAIエージェント間連携の標準仕様「Agent2Agent」(A2A)には、エージェントの名前や能力を記した「エージェントカード」という仕組みがある。エージェントの名刺に当たるデータだが、当初は内容を自己申告で記載する情報だった。その後の仕様改定で署名付きのエージェントカードが追加されたものの、署名で示せるのは「このドメインにひも付くエージェントである」ことまでだ。「何ができるか」という中身は依然として自己申告のままだ。

 そこで両社は、エージェントカードの内容を第三者の審査機関(Issuer)が認定し、エージェントの身分証に当たる「Agent Identity VC」として発行するモデルを設計した。買い手側のエージェントをGMOグローバルサイン・HDが、売り手側のエージェントをVESS Labsがそれぞれ独立に開発した。

 1社が両方のエージェントを開発すると設計上の前提が暗黙のうちに共有されてしまい、方式として成立しているかを確かめられないため、あえて分担したという。両者を接続して互いの身元と権限を確認した上で、人による購入承認、商品の発注、模擬的な支払い処理までの一連の流れを検証した。実証は2026年4〜9月に実施した。検証したのは相互認証から取引成立までの信頼確立の仕組みであり、実際の決済や商取引は対象に含めていない。

実証の全体像。共有の「信頼の起点」に連なる審査機関がエージェントカードを審査し、Agent Identity VCを発行する(出典:GMOグローバルサイン・HDとVESS Labsの発表資料、筆者撮影、以下同)

 成果発表に登壇したGMOグローバルサイン・HDの神沼貴大氏(R&Dリード)とVESS Labsの藤森侃太郎氏(CEO)は、エージェントカードをVC化する意義として次の3点を挙げた。

  1. 第三者による認定の証明: 署名付きエージェントカードが示すのは出所(ドメイン)までで、能力の記載は自己申告にとどまる。第三者の審査機関の認定を経たVCなら、記載内容を審査機関が認定したことを証明できる
  2. 事前合意なしの拡張性: 取引相手ごとに1対1で信頼関係を結ぶ方式では、相手が増えるたびに事前の合意が必要になる。VCと共有の「信頼の起点」(Root of Trust)があれば、各参加者は信頼の起点を1つ持つだけでよく、初対面の相手ともその場で確認して取引を始められる
  3. 範囲は身元確認まで: 購買の権限はこのVCの範囲外とし、AIエージェントによる決済の仕様「Agent Payments Protocol」(AP2)が定める、取引ごとに発行される委任状(Mandate)が担う。身分証に当たるVCが流出しても、委任状がなければ発注は成立しない2層構造だ

人がいなくても買っていいのか 「人なし」フローをデモで検証

買い手エージェントのチャット画面。実行モードとして、人が各ステップを承認する「DIRECT」とエージェントに任せる「AUTONOMOUS」を切り替えられる。本文の「Human Present」「Human Not Present」の2フローに対応する

 成果発表では、買い手企業の従業員がチャットで購買を指示するデモを披露した。人が注文内容を最終承認する「Human Present」と、あらかじめ指定した予算などの条件の範囲内でエージェントが自律的に購買する「Human Not Present」の2つのフローを紹介した。エージェント同士は最初の接続時にVCを検証し合い、以降はセッショントークンで認証を続ける。

 不正な操作への耐性も確認した。認証情報の使い回しや失効したVCの利用、購入内容の不正な変更が正しく拒否されることを含め、売り手側で実施した281件の自動テストが全て正常に完了したという(2026年8月28日時点)。

本当に難しいのは「誰が審査するか」

 実証を通じた学びとして神沼氏は、本質的な難しさはVCの発行や検証の技術ではなく、発行に至るまでのプロセスを含むトラストフレームワーク(審査基準や運営体制を定める信頼の枠組み)の設計にあると指摘した。審査機関がエージェントを審査する際の論点や手法をどう定めるか、審査機関そのものを誰がどう認定するか、トラストチェーンをどう設計するか、といった論点だ。検証や取引の部分は、A2AやAP2、GoogleとShopifyなどが策定した商取引のオープン標準「Universal Commerce Protocol」(UCP)といった既存の標準仕様と独自仕様で実装できるという。

 藤森氏は2つの論点を挙げた。一つはAP2の委任状の扱いだ。委任状は誰の鍵で署名したかで意味が決まるため、エージェント自身の鍵で署名できてしまうと人が承認した証明にならない。エージェントの鍵と、承認に署名する鍵の分離が前提になるという。もう一つは標準仕様同士の継ぎ目だ。A2AとAP2、UCPをつなぐ部分には未定義の箇所が残っており、今回の実証でも商取引フローの本体などは独自仕様で補った。独立した2つの実装をつなぐことが、仕様解釈のずれを見つける確実な手段だと藤森氏は述べた。

 両社は今後、商取引フローのUCP準拠化などオープンな標準仕様への対応や、人が毎回承認しなくてもAIが自律的に取引できる範囲や条件の検討を進めるとしている。

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